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1937(昭和12)年、生産増強を図るために腕時計部門を切り離し、新会社「第二精工舎」を設立した。1939(昭和14)年には、亀戸に本社工場が竣工。しかし、太平洋戦争の影響により、民間用時計の生産は年を追って減少していく。終戦の年である1945(昭和20)年には、ほぼ生産中止に近い状態だった。戦後、亀戸工場は戦災によって壊滅状態にあったため、疎開先であった桐生、富山、仙台、諏訪の工場で生産を再開することになる。1949(昭和24)年の年末になり、諏訪を除く各工場は撤収され、再び亀戸工場を中心に生産が行われることとなった。