クロノグラフに着目して開発がスタート
木村:今回は私たちがデザインを担当した、プロスペックス スピードタイマーの「クロノグラフ」についてお話ししていきたいと思います。クロノグラフとは、経過した時間を計測する、いわゆるストップウオッチ機能のことです。
内浦:セイコーにおいてクロノグラフは、記録に挑戦するアスリートを支え続けたという意味でもチャレンジの象徴です。そんなクロノグラフカテゴリーを一層盛り上げていきたいという思いから、製品開発のプロジェクトはスタートしました。
木村:また、現在のプロスペックスはダイバーズウオッチがユーザーから広く認知され、海のイメージが強いこともあり、魅力的な商品を開発して陸の領域を拡大しようという目的もありました。
木村:プロスペックスブランドを担当する以前、私はファッションブランドのウオッチデザインを担当し、多くのデザイナーやアーティストと対話しながら「ものづくり」をしてきました。また、内浦は前職の二輪メーカーでバイクのデザインを担当、それぞれ現職とは商品開発のアプローチが異なるデザインをしてきました。
内浦:そういった背景もあり、このプロジェクトでは既存の価値に捉われないデザイン視点も期待されていたのかなと思います。
高機能という DNA を受け継ぐ
木村:セイコーのクロノグラフは、東京で開催された国際的なスポーツ大会にて、採用された高精度なストップウオッチが源流にあります。
内浦:新しいモデルを開発するにあたり、その“正確な時を計るDNA”をしっかり受け継ぐことに、注意をはらいました。
木村:当然ながら、クロノグラフの実用性が担保されていることが大前提です。例えばクロノグラフ表示部のサブダイヤルは、黒または濃紺を採用し、白い塗装を施した針を組み合わせることで強いコントラストを確保しています。加えて、目盛りの幅や形状、印刷色も視認性を重視してデザインしています。
内浦:プッシュボタンの形状も押しやすさを重視し、押した時の「カチッ」というストップウオッチに似た感覚にもこだわっています。
モノとして、魅力的であること
内浦:クロノグラフとして機能性が高いことは大前提というお話をしましたが、やはりモノとしての満足度が高いかどうかも非常に大事なことだと考えています。
木村:メカニカルクロノグラフの SBEC011 は、その思いが特に表れたモデルだと思います。商品開発の段階では金属のブレスレットを要望されることが多いのですが、このモデルはライトな印象を演出したかったので、クロコダイルのレザーストラップのみを採用した、かなり特別なモデルです。
内浦:このダイヤルの色は、実は1960年代当時のセイコーのロゴのような、少しくすんだブルーをイメージして開発しています。ダイヤルの仕上げにもこだわっていて、ダイヤルベースに縦筋目を施し、そこにブルーの塗装を重ねることで、見る角度によってニュアンスが変わり金属特有の質感が感じられるようにしました。
木村:ライフスタイルの一部としてカジュアルに楽しんでもらいたいという思いがあったので、このあたりは情緒感やファッションを意識してつくっていますね。このダイヤルのブルー、デニムにも合わせやすそうないい色あいですよね。
木村:今回、ソーラークロノグラフの新製品を開発するにあたっても、お客様がウオッチを選ぶ際に「重要視していることは何か」を考えながらデザインしました。
内浦:ソーラークロノグラフの機能的価値をデザインでどれだけ高められるか、という挑戦でしたね。小ぶりな外観でありながら、身につける満足感を実現するために、ケースとブレスレットを美しく仕上げ、心地良い重量感を実感できるデザインに仕立てました。発売後にお客様からポジティブな声が聞けたときは、本当に嬉しかったですね。
木村:これはファッションブランドのウオッチデザインでも感じていたことですが、どんな高機能な商品であっても、興味を惹かれる第一歩は、「そのモノ自体が感性に響くか、直感的にいいなと思えるか」だと思います。
つくり手自身が、それを愛せるか
木村:プロスペックスは、アクティブなライフスタイルをもつ人に愛されるブランドです。そして何を隠そう、私も内浦もクルマやバイク、アクティブスポーツが大好きで、休日はツーリングをしたり、海や雪山で趣味を楽しんだりしています。まさに今回の腕時計のリアルターゲットです。
内浦:そうですね。だからこそ「自分だったら買いたくなるか」「この金額を出してほしいと思えるか」ということを考えながら商品と向き合ってきました。
木村:開発段階で内浦と「こういうのが欲しいよね」「こんなのもいいんじゃない?」と構想を膨らませた時間はすごく楽しかったですね。
内浦:それから、ユーザーの気持ちを理解するためにはやはり、自ら店頭に赴いてウオッチを購入したり、実際に身につけたりして、生活の中での気持ちの変化や気づきを体感することも大切だと思います。
木村:現代では「若者の〇〇離れ」という言葉をよく耳にしますし、モノを所持することへの興味が薄い人が多いように思います。ですがそんな人たちにこそ、「自分が本当に欲しいと思える最高の一品に出会ってもらえたらなぁ」と、ウオッチデザイナーとして、また、モノを愛する一個人としても思うのです。