グランドセイコーのダイヤルの歴史と近年の潮流
1960年に誕生したグランドセイコー。その初期にデザインされたダイヤル仕上げは、シンプルな放射模様が多かったようです。この「放射を美しく見せる」モデル作りはセイコーのダイヤルの特徴でもあります。その伝統を受け継ぎ、放射模様の美しさを極めていく一方で、時代が進むにつれて徐々にモノグラムのような幾何学パターンが登場するようになりました。
さらに時代が進み、デザイナーが思い描くイメージを手彫りや機械彫り模様で再現したダイヤルも生まれました。幾何学的なパターンから、より豊かなニュアンスを表現した、バックグラウンドストーリーを持つダイヤルへと進化していったのです。
今回、ダイヤルを「自然の情景」に見立てたモデルの中から、4枚のダイヤルを取り上げ、それぞれの魅力とこだわりを紹介したいと思います。


静謐でリアルな波「水面(みなも)から着想したダイヤル」
この水面から着想したダイヤルの良いところは、穏やかな波がうまく表現されているところだと思います。荒々しくない、静謐な波。それをリアルに再現できていて、湖らしさがすごく出ていると感じます。
実は、このダイヤルにはモデルとなった湖があります。型打ち模様の製作を行った職人いわく、『毎日職場の工房へ向かう途中に見ていた「諏訪湖」をイメージして作った』のだそう。ただ、私はこのダイヤルを見たとき、北海道を訪れた際の「支笏湖」を思い出しました。おそらく見る人によって思い浮かべる情景が変わるのが、このダイヤルの魅力ではないでしょうか。


何かに見立てる行為は、日本の美意識の根底にあると思います。「見立て」の文化は、日本庭園の枯山水や盆栽、茶道の侘び茶、和歌や能、歌舞伎、落語など、様々なかたちで長らく親しまれてきました。そういった自然に身についた感覚により、デザイナーも制作過程で何かに見立てているし、時計を手に取るお客様も何かに見立てることができる。そこに、このダイヤルの楽しみ方、味わい方があるのだと思います。
さらに、このモデルはダイヤルの色にも注目してほしいのです。これまでのグランドセイコーはビジネスを意識した深みのある青が一般的でした。しかし、この水面のようなダイヤルでは自然の情景を意識したやや明るめの青を採用しています。爽やかな湖の青。光が当たることで表情が変わる、透明感のある水面の青。そんなイメージを持ちながらデザインしたダイヤルです。




光で表情を変える「巌(いわお)と呼ばれるダイヤル」
ダイヤルによっては光の角度で印象が変わるものもあります。その特徴が顕著に表れているのが、ゴツゴ
ツした質感の巌をイメージしたダイヤルです。光の当て方により異なる表情を覗かせ、特に暗い色は強い
光の当て方で別の表情が浮かび上がってきます。これは、職人さんの手で直接彫られた型の模様による
効果であり、「光」の加減により、さまざまな印象の変化を楽しめる工夫がなされています。それがこのダ
イヤルの特徴であり、最も魅力的なポイントだと思います。







迫りくる立体感「白樺をイメージしたダイヤル」
白樺をイメージしたダイヤルのよさは、光の当たり方でさまざまな表情が楽しめることだと思います。その秘密は、ダイヤルの彫り方にあります。ダイヤルをよく見ると彫りが均一でないと分かりますが、角度やピッチをランダムにしている効果で光が不規則に反射し、立体感のある表情が楽しめるというわけです。これは、自然の不規則性にも由来しています。


このダイヤルの個人的な注目ポイントは、下地に特殊な銀メッキを施すことで、迫りくるような印象を与えているところです。光がギラリと反射することで、何かオーラを発しているような、魅惑的な印象を与えます。
実はこのダイヤル、白樺の木そのものをモチーフにしているわけではありません。白樺らしさを出すために、特徴的な樹皮を忠実に再現することも検討しましたが、実際の樹皮の方向が横に流れているため、ベゼル部の縦のヘアライン模様と合致せず、いろいろと試したところ、「白樺の木立を俯瞰で見た、奥行きを感じる構成が良いのでは」と、思い至りました。忠実な再現ではなく、私たちが思い描く、概念的な白樺らしさを表現しようと考えたのです。それが結果的に、個人個人が思い描く「白樺らしさ」に結びついていると感じます。




ダイナミズムを緻密に再現「年輪を表現したダイヤル」
白樺をイメージしたダイヤルが白樺そのものを再現しなかった一方で、現物を徹底的に追うことでその魅力を高めたのがこの年輪モチーフのダイヤルです。ダイヤルがキャンバスだとしたら、その枠をはみ出したような大きな流れを作りたい。そのような思いでデザインしました。


感覚的にはデッサンのイメージで、俯瞰した視点を持ちつつ、模様の細部にまで注視しながら作っていきました。また木の部位も、まっすぐな幹の部分ではなく、うねりのある「根」の部分の年輪をモチーフにしています。この模様から、時間の経過や歴史の積み重ねなどを感じていただけたら嬉しいです。
デザイナー視点での注目ポイントは、何と言っても年輪模様の立体的なダイナミックさです。この躍動感を表現するために、細部の木目の造形にもこだわりました。さらに、製造面では、長期に渡り、同じ仕様のダイヤルを再現できる製造方法を心がけました。グランドセイコーは永く同じものを作り続けられるように、技術の伝承性を大切にしています。




デザイナーの視点で、魅力を拡張する。
今回は自然をモチーフにしたグランドセイコーのダイヤルを紹介させていただきました。どのダイヤルも、皆さんが「見立てる」ことで、さまざまな楽しみ方ができるウオッチに仕上がっています。これらは、型打ちダイヤルを製作している職人の優れた技術と努力があってこそです。 良い型打ちダイヤルは、そこからさまざまなイメージを膨らませることができます。そのイメージをグランドセイコーの文脈の中でデザインに表現していくことが、デザイナーの腕の見せ所であり、大きなやりがいの一つであると思います。
近年はスマートフォンの接写機能が進化し、SNSにも簡単に上げられるようになったことで、ダイヤルの良さが広く伝わりやすくなったと感じます。それは嬉しいことですが、できれば、実物を直接手に取り、腕に乗せて、その良さを体感してほしいと思います。光の加減や角度でさまざまな表情を持つグランドセイコーのダイヤルから、きっとあなただけのストーリーを感じ取り、楽しんで頂けると思います。