活気ある時代に生まれた、大胆な腕時計。
まず、キングセイコーの原点からお話ししたいと思います。キングセイコーが発売される少し前の1950年代といえば、日本が高度成長期を迎え、東京の街が目まぐるしく発展した時代です。セイコーも腕時計の製造技術が花開き、目覚ましいスピードで時計の性能が高まっていた時代でした。
この時代の技術進歩により、安定した品質の機械式腕時計の量産が可能となり、後のグランドセイコーやキングセイコー誕生の土台となる名作が多く生まれています。そのような過程を経て誕生したのが、キングセイコーです。
安定した製造技術を礎にした当時の腕時計は、さらにオリジナリティのあるデザインを追求する時代に入っていきます。高精度な機能を備えつつ、デザイン面でもそれまでの腕時計にはない高度な加工技術を要する造形が次々と量産化されていきました。それはさながら成長著しい東京の街のダイナミズムに呼応するかのようであり、個性を主張するデザインが多く生み出されていったのです。その代表的なモデルのひとつが、1965年に発売された二代目キングセイコー(以下、KSK)です。
KSKのデザインの特徴は、極限まで細くしたベゼルに、太いストレート形状のラグを組み合わせたメリハリのあるプロポーションです。さらに、直線と平面で構成された大胆な形状のラグがエネルギッシュで力強い存在感を放っています。また、ボックス形状の風防を採用することで厚くなりがちなケース側面のボリュームを薄くし、力強さと同時に軽やかさも感じさせる絶妙なバランスを保っています。ダイヤルの12時位置のインデックスには、当時としては新しい手法であったライターカットと呼ばれる刻み加工も施されています。
こうした特徴的で力強い造形は、当時の日本の活気や時代の空気から影響を受けているように思います。KSKは、キングセイコーらしさが最も強く発揮されたモデルであり、腕時計を着ける人の気持ちを高揚させる不思議な魅力が備わっています。
2022年、キングセイコー復活。
そのキングセイコーらしさが最も凝縮されたKSKを起点に、2022年にキングセイコーのレギュラーモデルを復活させました。機械式にこだわり、手首の上で強い存在感を放つデザインを目指しました。ただ今回は復刻品ではないため、KSKのデザインDNAを継承しながら、受け継ぐ部分と変えていく部分を慎重に見極めていきました。
例えば新モデルには、現代のセイコーのモデルには珍しくカレンダーがありません。これは、1960年代の雰囲気を表現するため敢えて選択しています。また、ガラスはボックスサファイアガラスを採用し、ここでも当時の雰囲気を重視しました。ケースもオリジナルに近い、コンパクトなサイズを目指しました。一方、現代的なアレンジとして、ラグの鏡面部分を大胆に広げつつも、筋目仕上げと組み合わせてメリハリを持たせ、モダンな印象に仕上げています。
デザインする上で特に心を尽くした点は、当時とは大きく異なる製造条件の下、造形を均整の取れたプロポーションにまとめることでした。当時のモデルをそのままトレースする事は出来ません。当時の造形を尊重しながらも、新しくモダンな雰囲気が感じられるように様々なデザイン検証を行い、ディテールの微調整を繰り返しました。時計デザインの難しさは、CADデータ、3Dプリンターで作られたサンプル、金属製のサンプルを比較すると、微妙な「感覚の差」や「質感の影響」で大きく差が出てくることです。それらをデザイナーが頭の中で組み立て直さなければ、完成度の高いデザインに辿り着く事は出来ません。
1960年代当時を振り返ってみると、CADやCG、3Dプリンターがなかった時代に、先人達は頭の中だけで想像力を駆使してデザインをしていました。道具がまだ十分に発達していなかった時代に、独創的なデザインを次々と生み出すことができたのは、腕時計を「作る」ことに対して先人が並々ならぬ熱い情熱を注いだ結果だと思います。今回のモデルをデザインするにあたっては、そういった先人の思いに対する敬意も込めました。
先人達が意識したプロポーションの美しさ。同時に今の時代に身に着けてカッコよく見えるチューニング。試行錯誤を重ねた結果、ケースの径はわずか37mmという小さなサイズでありながら、強い存在感を放つ個性的なモデルを完成させました。
余談ですが、プロジェクトメンバーとして集められた社内メンバーは、その多くがキングセイコーマニアでした(笑)。そういうこともあり、自分たちが本当に納得するものをつくれば、きっとキングセイコーのファンの方も喜んでくれるだろうと考え、プロジェクトを進めました。
時代になじみ、街に映えるデザイン。
オリジナルモデルの発売から50年以上経った今でも、東京の街は常に変化を繰り返し、新しいモノが生まれ続けています。そのようなユニークな街に映えるモデルを、今回デザインすることができたと思います。
変化という意味では、近年機械式腕時計が見直されていることも、今の時代の特徴と言えます。スクリーンやタッチパネルに囲まれ、デバイスの中がブラックボックス化した時代に、生き物のように振動するテンプの動きや振動音など、確かな手触りや感触のある道具こそ、現代の人々に求められているのかもしれません。
身に着ける人に強いインパクトと独自の高揚感をもたらす新生キングセイコーを、是非、多くの人に体験してもらいたいですね。