ディレクターK:
分析大好き理論派デザイナー。
普段は冷静だが、ウオッチについて語らせたら誰よりも情熱的。
ベテランT:
聖母のようなハートフルデザイナー。
デザインに込められた想いを深い視点で読み解く。
中堅T:
中堅クールガイデザイナー。
尊敬する先輩の話を対談中に何度かしちゃうのが萌えポイント。
若手I:
入社したての若手デザイナー。
可愛い顔して発言は辛辣な、辛口ビューティーガール。
2020年度の腕時計業界を振り返って
ディレクターK:
本日はお互いの正体が明かされない状態での対談ということで、それぞれの立場を気にせず本音で話し合えたらと思います。それではみなさん、よろしくお願いします。
一同:よろしくお願いします。
ディレクターK:
今回は事前に社内のデザイナーにアンケートをとっています。テーマは“2020年度に発売されたウオッチの中で「いいね!」と思ったもの”。本日はその集計結果をもとに話し合えればと思っていますが、その前にまず、本年度を全体的に振り返ってみましょうか。なんといっても2020年は本当に特別な年でしたね。
中堅T:
当社に限らず、日本の腕時計業界全体が苦境だったことは間違いないですよね。不要不急の外出自粛の影響でお客様が店頭に足を運ぶ機会が減ってしまいました。一方でECでの購買行動が増えてきましたね。
若手I:
私は入社して初めて担当したウオッチが昨年のクリスマス需要をねらったものだったんですけど、やはり例年に比べて店頭に来て下さるお客様が少なかったみたいです(泣)。
ディレクターK:
セイコーは店頭での体験を重視していたところがあったので、そこも影響が大きかったかもしれないですね。
中堅T:
ECはスペックとか情報をじっくり見比べられるし購入も簡単だけど、ウオッチを実際に手首につけてサイズ感やフィット感を確かめたい方にとっては不安やためらいがあるでしょうね。
ベテランT:
一方で昨年ならではの需要もありましたよね。旅行に行けない代わりにちょっと良いものを買おうと、ウオッチを選ばれる人も多かったようです。特に国からの給付金があった時期は、高級なものが比較的売れていた印象があります。
ディレクターK:
こんな時代だからこそ魅力的に感じたウオッチ、印象的だったウオッチがありそうですね。今日はそういった視点も含め、2020年という特殊な年に世に送り出されたウオッチを振り返っていけたらと思います。
過去と現在をつなぐ、復刻&現代解釈
ディレクターK:
社内デザイナーのアンケート結果を見ると製品のストーリーが語りやすいものが選ばれている印象がありますね。例えば、最も票を集めた「キングセイコー」。
若手I:
キングセイコーは50年前の素晴らしいデザインでファンも多いですよね。この「昔の腕時計ならではの良さ」を再現するのは、すごく難しそうだなと思います。
ディレクターK:
このモデル、当時とは素材や加工機械が違う中でデザインを再現したテクニックがすごいです。特に高度だなと思ったのはガラスですね。当時は、壊れやすく防水性も低いアクリル素材だったのですが、復刻版はサファイヤガラスで作られています。当時の形をそのまま再現すると、屈折率が違うのでダイヤルが見えなくなるんですよね。この問題は、ダイヤルが美しく見えるようにガラスを特別な形状に工夫することで解消しています。機能性と当時の美しさの再現が図られていて本当に素敵です。完成したウオッチの印象では、そんなテクニックが使われてるなんて絶対分かりません。
中堅T:
なるほど、そういう視点もあるんですね。キングセイコーが支持を集めたのは、復刻の条件をきちんと満たししつつ、そこに今なりの解釈と工夫をうまく加えられているからではないかと思います。
ベテランT:
このモデルは特にデザインが特徴的なので忠実に再現されていてファンには嬉しいでしょうね。私もファンの一人なので嬉しい(笑)。昔のデザインのよさを再現しつつ、この先何十年も使ってもらえるようにという思いで復刻されているのが分かります。同じくアンケートで人気を集めていたプロスペックスにも復刻版は多いですよね。
中堅T:
そうですね。プロスペックスは復刻版と現代解釈版が棲み分けされています。復刻版は、当時よりも厳しい防水性など諸々の基準の中で、今の技術でできるだけオリジナルに忠実に再現したもの。一方で現代解釈版は、当時の良さを活かしながら、今だからこそ出来る解釈や工夫を加えた造形になっています。比較して見るとなかなか面白いです。
ディレクターK:
プロスペックスの中でも社内で特に支持を集めたのはSBDC101モデルのようですよ。
ベテランT:
初代ダイバーズウオッチの現代解釈版ですね。一般的なダイバーズウオッチよりも小さめなので、そのサイズ感のよさがウケているみたいですね。
中堅T:
そうですね、デザインを担当した先輩はサイズやその造形、カラーに至るまで無茶苦茶こだわってましたね。具体的なデザインの話は私がするのもおこがましいのでここでは割愛しますが。
一同:(笑)
中堅T:
もともとダイバーズウオッチはダイビングでの使用を想定して作られたものです。そのためウェットスーツの上からつけてフィットするように作られていました。ですが現代解釈版は、直接肌につけてもフィット感があるようにバンドを取り付けるカン足や時計全体の重心なども考えてデザインされています。すごく使いやすいんですよ。
若手I:
ダイヤルの色も、黒だと私には重たく感じてしまいますけど、これはグレイッシュなので軽やかさがあるというか。今どきな感じがしていいですよね。
ディレクターK:
お客さんにとっては、今の時代に合わせてデザインされている点に加え、起源があるという点も魅力的に感じるのかもしれませんね。復刻版しかり現代版しかり、背景に物語があると共感されやすい気がします。
コラボウオッチは、愛と情熱
中堅T:
セイコー 5スポーツの様々なコラボレーションモデルにも多くの票が集まっていますが、特にブライアン・メイモデル(SBSA073)が目立っている印象ですね。
若手I:
これは当時、社内でもかなり話題になっていましたね。
中堅T:
アンケートにもコメントがありましたが、なんといってもローンチのタイミングが最高でしたよね。映画の大ヒットがあり、ブライアン・メイ氏の来日公演があり、その直後にコラボレーションモデルが発売されるという。
ベテランT:
担当デザイナーも熱狂的なファンだったので思い入れが強く、それが細部へのこだわりとして現れていますね。ダイヤルをよく見るとギターの木目の質感が再現されていてすごくきれいです。赤のグラデーションやラップ仕上げもギターのツヤの雰囲気がよく出てる。この赤色も「レッドスペシャル」というギターの赤色を再現するために、レプリカの展示を見に行って、色みの確認をしたそうですよ。
若手I:
私、コラボウオッチって個人的に普段使いしづらいイメージがあるんですけど…、
一同:(笑)
若手I:
これはファンじゃなくても身につけやすいデザインなのがいいなって思います。
ディレクターK:
コラボの難しいところは、世界観をいかに気の利いた形でウオッチの中に落とし込むか、ですよね。それでいて着けやすかったり見やすいウオッチでないと振り向いてもらえない。ブライアン・メイモデルはそれを高い次元で両立させていて、個人的にも素晴らしい!って思いました。
座談会メンバーの個人的「いいね!」
ディレクターK:
私が個人的に気になった時計はアストロンレディス(STXD009)です。“レディスができるとは思わなかった”とアンケートに書いている人もいた通り、非常に難易度の高いデザインです。女性らしさを楕円形のセラミックベゼルで表現した点には私も驚きました。一定のサイズ感のあるウオッチをここまでエレガントにまとめていて素晴らしいと思います。
若手I:
私がいいなと思ったのはプロスペックス「Street Series」(SBDY061)です。もともとツナ缶と呼ばれている外胴のモデルが好きで気になっていたんですけど、このウオッチを店頭で見たときに思わず買っちゃいそうになりました。
ベテランT:
買ってはいないんだ(笑)。
若手I:
腕につけた感じも大きすぎずかなり良かったんですけど、その日は買い物する予定じゃなかったので…(汗)。あとストラップとべゼルとダイヤルがグレーで統一されているのも、あまり見ない配色なのでいいなと思っていて。…やっぱり、いつか買うと思います (笑)。
中堅T:
私はというと、グランドセイコーのGMTモデル(SBGJ239)が気になりました。うまくスポーツウオッチの良さを取り込みつつも、グランドセイコーとして魅力的にまとめられています。アンケートにも“ケースやベゼル・ダイヤル構成の面比率やインデックスと針の関係性がとてもいい”とありましたが、私も同感です。バランスのとり方など、この先輩の仕事もとても参考になります。
ディレクターK:
確かにこのシリーズは、グランドセイコーらしい「スポーティーさ」を絶妙なバランスで表現してますよね。
ベテランTさんはどのウオッチが気になりましたか?
ベテランT:
私はプレザージュのSharp edged (SARX077)ですね。ダイヤルにあしらわれた麻の葉模様や、ウオッチ全体の発する金属の力強い質感が魅力的だと思います。個性を際立たせることで、万人受けするのものではなく特定の人に刺さるデザインに仕上げているところも潔いですし、他にはない新しいセイコーデザインの在り方を示しているなと感じました。
これからの時代に求められるウオッチデザインとは
ディレクターK:
コロナ禍を機に私たちの生活はがらりと変わってしまったわけですが、今後腕時計のデザインはどうなっていくと思いますか?
若手I:
私はデザインの潮流については、大きな流れは変わらない気がしています。流行りは繰り返されるので、古いものと新しいもののブームを繰り返すと思っていて。ただ、購買行動の変化に伴って今後はより製品としての「見え方」も大事になってくるだろうと思います。
ディレクターK:
そうですね。ウオッチが店頭に置かれたときの見え方はもちろん、オンライン上でどう見せたいかや、伝えたい思いをいかに明快にするかも、これからのウオッチデザイナーの腕の見せどころとなってきそうですね。
ベテランT:
モノがいいのは大前提で、その上でお客様にどう知ってもらう機会を作るのか、売り方を工夫していくか、というのがECが主流になりつつある現代においては重視されますよね。
中堅T:
製品の開発ストーリーやデザインの背景、そこに込められた思いなども、セイコーのサイトやSNS、そしてこの「by Seiko watch design」でもっと発信していきたいですね。
ベテランT:
「ニューノーマル」が進む2021年度はいったいどんなウオッチが話題になり、そしてウオッチデザインはどのように移り変わっていくのかとても興味深いですし、デザイナーとしても非常にやりがいを感じます。
ディレクターK:
また、2021年はセイコー創業140周年でもあるので、どんなモデルがセイコーから出るのか、こちらもぜひ楽しみにして頂きたいです!みなさん、本日はどうもありがとうございました。