リニューアルは、ユーザーへのヒアリングから始まった
長谷川:まず、今回バリアフリーウオッチをリニューアルするに至った経緯についてお話しします。私は触読時計のデザインを担当し、音声デジタルウオッチは松榮が担当したのですが、どちらの時計についても長年デザインの変更は行われていませんでした。
松榮:音声デジタルウオッチは11年ぶり、触読時計に至っては25年ぶりのデザイン刷新でしたね。
長谷川:国連が提唱する「持続可能な開発目標(SDGs)」 の目標10(人や国の不平等をなくそう)にもあるように、障害を持つ方々の社会参加に貢献し現代のニーズに寄り添った姿に変えて行くべきではないか?という考えのもと、今回のリニューアルが実現しました。
松榮:そうでしたね。私も時代の変化に応じて、デザインアップデートしていくべきでは?という気持ちを以前から抱いていました。
長谷川:今回のリニューアルにあたり、まず私たちは視覚障害をもつ多くの方々にヒアリングをさせていただきました。そこでは私たちが普段思いつかないような日常の中での気付きが伺え、バリアフリーウオッチの開発において、改善していくべき課題が見えてきました。そのような背景も踏まえ、本日は障害者アスリートとしてご活躍されている高田さんと語り合えたらと思います。高田さん、本日はよろしくお願いします。
高田:よろしくお願いします!
聞き取りやすい音声ウオッチは、スポーツシーンにも需要あり
松榮:今回の対談にあたって、高田さんには事前にバリアフリーウオッチを着用頂き数日過ごしていただいています。音声デジタルウオッチはケースがピンクゴールド色のもの(SBJS016)を、触読時計はブレスレットがシルバー色のもの(SQWK029)とストラップがボルドー色のもの(SQWK033)をご用意しました。
松榮:まず音声デジタルウオッチについてお話を伺いたいのですが、実際使われてみて、いかがでしたか?
高田:そうですね、最初の印象として、まず音声が聞き取りやすくていいなと思いました。わたしが普段使っている音声時計は自宅にある置き時計なんですけど、それよりも声の音程が高いので聞き取りやすいなって思いました。私たちは目が見えないぶん音には敏感なので、音の高さやボリュームがとても重要なんです。
松榮:音声が出る放音部分の形状は開発段階で特に気を使ったところです。街中などでも聞き取りやすいようになっていると思います。
高田:ちなみに、これって音量調節はできないんですか?
松榮:じつは、その機能は検討を進めて行く中でも議論に挙がりとても悩みました。機能を追加するとその分消費電量が増え、電池交換の頻度が上がってしまうんです。そこを考慮し、今回は見送った経緯があります。
高田:なるほど。機能が増えると使い勝手も複雑になりますもんね。でも音量が変えられると個人差にも対応できますし、大きな音を出しづらい状況のときにはありがたいかなと思いました。それと、このモデルは装着感がいいですね。腕時計の着脱もとても簡単で使いやすいと思いました。
松榮:開発段階のヒアリングで、音声デジタルウオッチはブラインドマラソンやウォーキング等のスポーツを趣味としている方にも需要があることがわかり、今回はストラップの選択肢の一つとして、スポーツに適したシリコンストラップを初めて採用しています。留め具部分が美錠タイプではなく中留タイプなのは、着脱のしやすさだけでなく不意な手首からの落下を防ぐ意味もあります。現役アスリートである高田さんの視点からはどう感じられましたか?
高田:私の専門種目は100mと走り幅跳びなので競技中は使わないんですけど、競技スケジュールに合わせて移動するときに、コーチや付き添いがいない場合でもサッと着けることができて時間が確認できるのは安心ですね。
松榮:音声デジタルウオッチは幅広い年齢の方に手に取ってもらえるよう、また選ぶときの選択肢が増えるように、今回ピンクゴールドカラーのケースと白いシリコンストラップをヒアリングを経て採用しました。長谷川さんが担当した触読時計も今回はニーズに即した色展開を図っていますよね。
つけていて気分が上がる、触読時計のデザイン
長谷川:開発前のヒアリングで「晴眼者の女性がしている腕時計と同じものを身に付けたい」というご意見を複数頂きました。そこで、従来のステンレス素材のブレスレットに加えてボルドーと呼ばれている赤色のレザーストラップをデザインしました。ダイヤル色も、要望の高かったピンク色を採用しています。
高田:これいいですよね!とにかく色がかわいいなと思いました!レザーの部分が赤色、ダイヤルがピンク色なんですよね?目が見えないのでどんな赤でどんなピンクなのかは説明を聞いたうえでの想像になりますが、これなら私服にも合わせられるし、よそいきのときにはブレスレットのものを、といったように状況に合わせて腕時計を使い分けられるのがうれしいです!
長谷川:ボルドー色のストラップはファッションのポイントにもなりますし、素材もレザーなので、普段使いしやすいと思います。
高田:ほんとにそうですね。触読時計は金属素材のブレスレットのイメージだったので、レザーストラップなのはすごくうれしいです。これまでのバリアフリーウオッチって、正直おしゃれとは言えないものばかりだったので。好きな色を身に付けるとやっぱり気分が上がるし、「こんなのつけてるんだよ!いいでしょ!」と私だったら自慢しちゃいますね!(笑)
長谷川:ありがとうございます。ぜひ自慢していただきたいです(笑)。ところで、触読時計は普段よく使用されていますか?
高田:じつは触読時計は普段はあまり使わず、時間確認はスマホの音声読み上げ機能を使うことが多いのですが、音が出せないシチュエーションだと触読時計はとても便利だと思います。例えば今みたいな対談中とか。私は講演者として登壇することもあるので、そんなときに人目を気にせずさりげなく時間を確認できるのがいいですね。
長谷川:そうですよね。それから触読時計の課題として、慣れていないと触っているうちに針がズレて時間が分からなくなってしまうという声も聞いていました。
高田:目が見えない私たちはふつうの人より手先の感覚なども優れているとは思いますが、道具を使いこなせるようになるまではやはり慣れが必要です。なので簡単に針がズレてしまわないとうれしいですね。
バリアフリーウオッチの、さらなる理想を追い求めて。
高田:単純な疑問なんですけど、音声ウオッチにデジタル表示ではなくて、アナログウオッチと同じようなダイヤルと針がついたものって作れないんですか?
松榮:音声ウオッチとアナログウオッチの機能を一緒にしてしまうと、操作がより複雑になってしまうので、現在は用途ごとに分けています。機能が増えると操作の習熟が必要となってくるので、幅広い年代の方に手に取ってもらえる様、可能な限りシンプルな操作性を心掛けたデザインにしています。
高田:なるほど。この音声デジタルウオッチは時間がデジタル表示だと思うんですけど、たまに周りの人に時間を確認してもらうことがあるので、アナログ仕様だとひと目でパッと確認してもらえてより便利かなと思います。
松榮:なるほど、そういった場面もあるんですね。今後の時計開発の参考にさせていただきますね。
高田:あと音声デジタルウオッチの見た目って、いかにもふつうの腕時計じゃないなっていう印象があって。私はふつうの時計に見えるものをつけたいので、音声機能もあるアナログウオッチがあるともっと使いたくなるかなって思いました!
長谷川:高田さんのお話を聞いていると、バリアフリーウオッチはまだまだ可能性に満ちているなと感じさせられます。今回のリニューアルでは「インクルーシブデザイン」の考えのもとに様々な方へのヒアリングを通して時計をデザインしましたが、まだまだ全てのお客様のご要望をカバーしきれていないというのが現状です。
高田:ひと口に「視覚障害」といっても、その度合いは様々ですからね。私は20歳手前までは見えていて、途中から全盲になったんですけど、最初から全盲の人もいれば、全く見えないわけではない弱視の方などもいて、視覚障害のタイプはさまざまです。なので「使いやすさ」の内容にも当然個人差があります。本日は私の個人的な意見でいろいろ言ってしまいましたけど(笑)。
長谷川:いえいえ、参考になるご意見をたくさんいただけてありがたいです。おっしゃるとおりで、バリアフリーウオッチはまだまだバリエーションが少ないため選択肢の幅も狭く、課題はたくさんあります。
高田:けど色の選択肢が増えたことには大きな意義がありますね。わたしたちは目が見えないのでコーディネートに失敗しないよう、洋服などもつい無難な色のものを選んでしまう傾向があるんですけど、腕時計はおしゃれのポイントになるところだし、それぞれが自分の好きな色を選べると、もっと身に付けたくなる人は増えると思います。
長谷川:ちなみに高田さんは何色がお好きですか?
高田:うーん、迷いますね…。でも今だったらやっぱり、競技で狙いたいメダルの「金」ですかね!腕時計が金色だと、私にしてはゴージャス感出ちゃいますけど(笑)。
松榮:なるほど(笑) 。金メダル色の腕時計、良いですね!今回のリニューアルモデルは、大変ありがたいことに、早くも多くのお客様から反響をいただいております。また、バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰では、内閣府特命担当大臣表彰優良賞を頂きました。(内閣府特命担当大臣表彰優良賞受賞のニュース )これをきっかけに今後もバリアフリーウオッチのあるべき姿を模索していこうと思っています。高田さん、本日はありがとうございました!
高田:ありがとうございました!
*本対談は、撮影時以外のマスクの着用・対談者同士の距離の確保・室内の換気など、コロナ禍における身の安全に十分配慮した上で実施されました。