2017年6月公開のコンテンツ「異名を持つ時計たち。」では、私たちセイコーが知らないうちに、セイコーファンから異名をつけられていたウオッチを紹介した。今回はその中のひとつ「モンスター」にフォーカスを当て、初代モンスターと呼ばれるウオッチをデザインした安藤人織と、四代目モンスターと呼ばれるウオッチをデザインした小松岳がその思想について語ります。(2020.12.25)
その大胆なデザインのきっかけは、「実用」のため
安藤: モンスターと呼ばれているウオッチが誕生したきっかけは、ダイバーズウオッチのあるべき姿の再構築を目指したところから始まります。はじめからクセの強い腕時計を目指したわけではなく、「ダイバーにとって使いやすい腕時計」を目指した結果、必然的に大胆なデザインになっていったという感じです。
小松: 2000年に発売された初代(SKX781)モデルをはじめ、このシリーズは実はかなり使いやすさを考えてデザインされているんですよね。初代や二代目(SRP307)をはじめて見たとき、クセが強いように見えて実は機能的なところがいいなと思ったのを覚えています。
安藤人織 | Hitoshi ANDO (写真・右) 1992年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)入社。海外、国内向けのウオッチデザインを手掛けた後、機器などの他分野、関連事業のデザインも担当。現在はセイコーウオッチでデザイン開発のディレクターを務める。小松岳 | Gaku KOMATSU (写真・左) 2016年、セイコーインスツル入社。現セイコーウオッチ所属。セイコーブランドやALBA、ライセンスブランドなど幅広いジャンルのデザインに携わり、現在はPROSPEXをメインに担当している。
安藤人織 | Hitoshi ANDO (写真・右) 1992年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)入社。海外、国内向けのウオッチデザインを手掛けた後、機器などの他分野、関連事業のデザインも担当。現在はセイコーウオッチでデザイン開発のディレクターを務める。小松岳 | Gaku KOMATSU (写真・左) 2016年、セイコーインスツル入社。現セイコーウオッチ所属。セイコーブランドやALBA、ライセンスブランドなど幅広いジャンルのデザインに携わり、現在はPROSPEXをメインに担当している。
小松: 例えば、特徴的な回転ベゼル 。側面に大胆なえぐりが入っているのでとても回しやすくなっていますよね。
安藤: 文字も大きすぎて、本来は60個あるべきベゼル の目盛りを踏んで隠しちゃってます。通常と逆の割り切りですね(笑)。針 やインデックス も、見やすさを考えてできるだけ大きくしています。
小松: 印象的な針 は、私の中で勝手に「モンスター針 」と呼んでいました(笑)。
安藤: いわゆる腕時計というよりは、ダイバーに重宝される「道具感」のあるものを目指していたんです。ただ、それだけではここまで人気に火がつかなかったと思います。
大胆なデザインが特徴の初代モデルは、狼男のワイルドな腕にも負けない存在感を放つ。
大胆なデザインが特徴の初代モデルは、狼男のワイルドな腕にも負けない存在感を放つ。
シリーズの始祖となるモデル(SKX779)。文字や針などの型破りなサイズ感も、出発点は「実用性」だった。
シリーズの始祖となるモデル(SKX779)。文字や針などの型破りなサイズ感も、出発点は「実用性」だった。
「目指したのはあくまでダイバーにとって使いやすいウオッチ。」そう語るのは、初代モデルをデザインした安藤。
「目指したのはあくまでダイバーにとって使いやすいウオッチ。」そう語るのは、初代モデルをデザインした安藤。
「怪物」が愛されるのはなぜか
小松: このモデルは道具としての魅力だけでなく、腕時計としての愛着や親しみもちゃんと感じられますもんね。例えばベゼル からケース にかけての深いえぐりは、「道具」としての魅力だけでない「愛嬌」を感じさせる要素になっていると思います。
安藤: 実はケース とベゼル は別々に作られていて、それらを後から合わせているんです。なのでそれぞれに入れたえぐり具合をピタリと合わせる難しさがあり、技術者の方にはかなりの苦労をかけてしまいました。愛嬌を出すのも楽じゃないですね。
小松: モンスターという英単語には「怪物」のほかに「異形」という意味もあります。一見すると怪物っぽい見た目ですが、それを構成するひとつひとつの要素が異形で、しかもそれが「愛嬌のある異形」というところで人気に火がついたのかもしれません。
異形なのにどこか憎めないのは、微かに人の温もりが感じられるからであろう。
異形なのにどこか憎めないのは、微かに人の温もりが感じられるからであろう。
側面の深いえぐりが印象的な、初代モデル(SKX781)。ベゼルとケース のえぐり部分は別々に作られ、組み立て時に位置合わせしているというから驚きだ。
側面の深いえぐりが印象的な、初代モデル(SKX781)。ベゼルとケース のえぐり部分は別々に作られ、組み立て時に位置合わせしているというから驚きだ。
安藤: それでいうと、ケース の「カタマリ感」も愛され要素のひとつでしょうか。腕時計の一般的な考え方でいくと「薄くて軽くつけやすいもの」を追求しますが、このシリーズの出発点はあくまで「ダイバーにとって使いやすい時計」。きちんと機能する道具として、必要な厚みを考えて素直にまとめていった結果、どっしりとしたデザインになりました。
時代に合わせてデザインは進化を遂げた。
安藤: 小松さんは今回、四代目モンスターと呼ばれている時計をデザインしたわけですが、どのような点を意識しましたか?
小松: そうですね。四代目(SBDY033)をデザインするにあたり、まず 「このシリーズの大きな特徴はどこか?」 というところから考えました。これまでのお話にもあったように、初代モデルの誕生の原点は「使いやすさの追求」にあるので、要素を削ぎ落としていくことでさらに機能的に、かつ洗練された腕時計を目指しました。それは同時に、残した部分が際立ち「らしさ」がより強調されることにもつながりました。
ダイバーズウオッチとしての機能性の追求が、結果的に 特徴的なデザインにつながった。
ダイバーズウオッチとしての機能性の追求が、結果的に 特徴的なデザインにつながった。
四代目モンスターと呼ばれるウオッチ(SBDY033)。要素を削ぎ落とすことで、より洗練された印象に。
四代目モンスターと呼ばれるウオッチ(SBDY033)。要素を削ぎ落とすことで、より洗練された印象に。
四代目(SBDY033)をデザインした小松。シリーズの原点である「機能性の追求」とともに、現代とのチューニングも図っていったという。
四代目(SBDY033)をデザインした小松。シリーズの原点である「機能性の追求」とともに、現代とのチューニングも図っていったという。
安藤: しっかり「道具感」が残ってますよね。よくできてますね。
小松: ありがとうございます。例えば、最も特徴的な要素のひとつである側面のえぐりを浅くすることで、より現代的な印象を持たせました。結果的にそれが牙のような形状になり、モンスターっぽい感じも出すことができました。
安藤: よく見ると、数字の書体も微妙に違うんだよね。
小松: はい。ベゼル に大きく配置された数字も、シャープな部分と丸みを持たせる部分のメリハリを意識し、強さを残しながらも現代的な印象にまとめています。
安藤: 当時の技術ではまだ今のようにエッチングで文字を深く掘ることはできなかったので、初代モデルにはできなかったデザインですね。
小松: そういったことも含め、このシリーズは時代とともに進化を遂げた腕時計であると言えますね。
安藤: 四代目はケース の形状も特徴的ですね。一般的な腕時計の胴 の断面形状は台形であるのに対し、初代モデルは「カタマリ感」を出そうとできるだけ垂直な筒状になるようにデザインしていました。ところが、四代目はすり鉢状になっています。
小松: そうなんです。「カタマリ感」も初代から引き継ぐべき重要なポイントなので、それは残しつつさらに現代的にみせようと考え、すり鉢状にすることで「洗練されたデザイン」を目指しました。
「どっしりしたカタマリ感」は、「すっきりしたカタマリ感」へ。文字の太さやケースの形状など、所々に時代を感じさせる変化が見られる。
「どっしりしたカタマリ感」は、「すっきりしたカタマリ感」へ。文字の太さやケースの形状など、所々に時代を感じさせる変化が見られる。
初代に比べてえぐりを浅くした結果、四代目は鋭い牙のような見た目に。
初代に比べてえぐりを浅くした結果、四代目は鋭い牙のような見た目に。
並べてみると、初代のDNAを四代目がしっかりと受け継いでいるのがわかる。世代を超えて愛される理由かもしれない。
並べてみると、初代のDNAを四代目がしっかりと受け継いでいるのがわかる。世代を超えて愛される理由かもしれない。
安藤: 2000年代は特に機能的な腕時計が求められていた時代なので「道具感」を意識していましたが、今は「世界観」に共感して商品を選ぶ傾向にあるのかもしれません。このシリーズはあらゆる部分でギリギリを攻めているので、ユーザーにもその世界観がはっきり伝わり、共感いただいたお客様には特に愛されているのかもしれませんね。
小松: 今のモデルを入り口に歴代のモデルたちを知っていただき、どちらも好きになってもらえればこれほど嬉しいことはありません。
安藤: そもそも「モンスター」とはファンの間での呼称なので、私たちでさえ明確な定義はありません。過去から現在にかけてのデザインの違いを見つけながら、定義づけや名付けを楽しんでほしいですね。
シリーズの系譜
歴代モデル
初代モデル(2000)
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初代モデル(2000年発売)
ダイバーズウオッチとしての使いやすさを追求したモデル。回しやすい回転ベゼル 形状、見やすいベゼル 数字と判読性の高い針 形状、輝度の高い大きめなルミブライト略字 など、道具としての機能性にこだわりデザインされた。ダイヤル の色は、海中でルミブライトとのコントラストを出すため黒とオレンジを採用。バンド はウエットスーツ上でも着けられるウレタンストラップ とメタルブレスレット の2種類がある。
二代目モデル(2012)
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二代目モデル(2012年発売)
初代モデルの7S26キャリバーを4R36キャリバーにアップデート。2代目以降は「プロスペックス」ブランドとして発売。ダイヤル デザインが大胆に変更され、より特徴的なモデルとなった。ファンからは、略字 の形状からシャークトゥース(サメの歯)というニックネームで呼ばれている。カラーリングは黒とオレンジで構成されているが、グラデーションダイヤル や略字 の縁取りなど大胆なコントラストとなっている。
三代目モデル(2014)
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三代目モデル(2014年発売)
6R15キャリバーを搭載した、日本国内のみ販売のモデル。ダイヤル 色や全体感は初代に近い印象だが、ダイヤル の略字 形状が台形になり、その縁取りのコントラストを金属色で強めるなど、より質感を高めている。ガラス にはマグニファイドを採用し、カレンダー の視認性もよい。
四代目モデル(2019.2020)
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四代目モデル(2019.2020年発売)
2019年に、デザインを大幅に刷新した2モデルSBDY033、SBDY035を発表。初代モデルの持ち味は活かしながらも、カン の面構成や回転ベゼル のえぐり、ダイヤル の略字 形状などがすっきりとまとまり、現代的なスタイリッシュさが感じられる。2020年には「Save the ocean」をテーマにしたSBDY045と、ダイビングの世界最大の教育機関である「PADI」とのコラボレーションモデルSBDY057が発売された。それぞれ4R36キャリバーを搭載している。
派生モデル
二代目追加モデル(2014)
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二代目追加モデル(2014年発売)
2014年のバーゼルフェアで発表されたモデル。ブラックとブルーを基調とした、シックで落ち着いた雰囲気。ベゼル の上面は鏡面 で仕上げられており、華やかさも感じられるモデル。
トレックモデル(2009)
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トレックモデル(2009年発売)
初代モデルから派生したデザインをもつ、日本国内向けのフィールドモデル。6R15キャリバーを搭載。回転ベゼル には簡易方位計が施されている。ダイバーズウオッチではないため、20気圧防水でありながらも、シースルーバックが採用されている。
外胴構造モデル(2012)
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外胴 構造モデル(2012年発売)
特徴的なえぐり形状、大きなアラビア数字 が施された回転ベゼル と、外胴 構造が組み合わされたモデル。大きなルミブライト略字 も初代モデルの影響を受けている。外胴 構造ならではの配色が人気のモデル。
フィールドモデル(2014)
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フィールドモデル(2014年発売)
二代目追加モデルと同時期に発売された海外向け限定モデル。ダイヤル デザインは大きく変更されているものの、シリーズの特徴である回転ベゼル には、簡易方位計が大きな文字で施されており、その系譜を感じ取ることができる。4R35キャリバー搭載。
外胴構造モデル(2014)
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外胴 構造モデル(2014年発売)
三代目のデザインと外胴 構造が組み合わされたモデル。ケース のかん足形状、ダイヤル の略字 、針 などその共通点は多い。ファンからは、「ベビーツナ」のニックネームで呼ばれている。4R36キャリバー搭載。