当時の若者の憧れ。セイコー 5スポーツ
熊谷:本日のテーマはセイコー 5スポーツについてです。が、その前にまずは、セイコーミュージアムへようこそ。お二人はセイコーミュージアムを訪れるのは初めてですか?
菅沼:僕はこれまで三度訪れたことがあります。一度目は入社前の研修。二度目は内定後に家族と一緒に。三度目は入社後の研修で訪れました。
藤本:私は、セイコーミュージアムがまだ東向島にあったときに一度訪れたことがあります。銀座に移転してからは、実はこれが初めてです。
熊谷:セイコーミュージアムは2020年に東向島から銀座に移転していますが、コロナ禍に伴う入場規制で、まだ訪れたことがない人が多いかもしれませんね。本日はセイコー 5スポーツについての話がメインですが、後ほど館内の様子もご案内しますので、ゆっくり楽しんで行ってください。
藤本&菅沼:ありがとうございます!
熊谷:でははじめに、セイコー 5スポーツの歴史について簡単にお話しします。そもそもこのシリーズのルーツは、1963年に発売した「セイコー スポーツマチック5」にまで遡ります。「5」とは5つの特徴のこと。自動巻き、防水、3時位置のデイ・デイト一体窓表示、4時位置りゅうず、そして耐久性に優れたケース・ブレスレット、と言われています。
菅沼:曜日と日付が一緒に表示され始めたのも、この頃からなんですね。
熊谷:今でこそスタンダードに感じられるこれらの要素はどれも、当時としては非常に先進的なものでした。そして5年後の1968年、加速するスポーツブームに応えるべく、セイコー 5スポーツが誕生。機能面の進化に加え、ビビットカラーをアクセントとしたスポーティなデザインは、多くの若者に受け入れられ、一世を風靡しました。
1960年代から1970年代を象徴する、自由でユニークなデザイン。
熊谷:いま目の前に当時のウオッチが並んでいますが、現代の若者として、お二人はどんな印象を受けますか?
菅沼:全体的に、ケースに金属のカタマリ感というか、厚みのあるものが多いですね。デザインも堂々としていて、潔さを感じます。
熊谷:たしかにそうですね。近年はより軽く、よりコンパクトに、という意識でデザインされているものも多いですが、当時はそんな感覚はあまりなかったのでしょう。むしろ、若者たちはウオッチの存在感や重量感に価値を感じる時代だったのかもしれませんね。
藤本:配色もとても自由で、組み合わせがユニークですね。初期の1968年発売のウオッチは今の時代にあっても違和感はなさそうですが、そこから1970年代にかけて配色やグラフィックに意外性のあるものが増えていっている印象です。
熊谷:若者がファッションに目を向け始めたのも1960年代頃からで、1970年代のアイビールックやサイケなどの流行がデザインにも影響している気がします。かなり挑戦的なカラーやデザインが多いですよね。
藤本:特にこのチェッカー模様のウオッチはとても気になります。いちばん目に入る部分に、こんな大胆に装飾を施すのかと…かなり驚きですが、なんとも言えない魅力を感じます。
今とは違った価値観のデザイン。だからこそ魅力的。
熊谷:他にも気になったウオッチはありますか?
菅沼:まず気になったのはこのウオッチ。幅の広いベゼル表示板と存在感のあるケースのかんが目を引きました。全体に無骨な印象があるんですが、ダイヤルリングの金属光沢やガラスのカーブ面など、デザイナーのこだわりが随所に感じられます。
藤本:ダイヤルのインデックスをあえて帯状にデザインしているのもユニークですよね。黒色のダイヤルに映える赤色の秒針は、車やバイクのメーターを想起させるアクティブでスポーティな印象があり、当時の若者の憧れとなる「カッコよさ」が体現されているように感じます。
菅沼:先輩から聞いたのですが、このモデルは初代の仮面ライダーの劇中で、主人公が着用していたということでもファンの間では知られているそうです。当時のヒーローにもマッチした、まさにかっこいい腕時計だったのだと思います。
菅沼:それから、この黄色ダイヤルのウオッチはカラーリングとそのデザインにも驚きました。当時流行だったバングルのようなブレスレットもすごく新鮮です。現代にはない魅力を感じますね。
藤本:インデックスの丸い形と厚みもとても特徴的ですよね。確かファンの間では、その見た目から「すしロール」と呼ばれているようです。まさに、海苔巻きのよう。
熊谷:これは今ではできないデザインですね。ウオッチの品質基準が今とは違うという理由もありますが、時代の潮流もあり、現代の発想では考えつかない自由なモデルが多く誕生しています。だからこそ、ニックネームが付けられたり、世界中のファンの間で根強い人気があるのでしょう。
熊谷:スポーツウオッチというジャンルが広がりはじめた時期ですから、機能としてだけなく当時のデザイナーがかっこいいと思うものを追求しているんだと思います。自由な発想の遊び心が感じられますよね。
セイコー 5スポーツのこれまでと、これから。
藤本:今日は1960~70年代にかけてのセイコー 5スポーツに注目してみて、現在との違いだけでなく、その共通点も改めて再確認することができました。それは「若者に寄り添い、力を与える」ということです。時代が変わってもその価値観は同じだということがわかり、うれしく思いました。
菅沼:若者に寄り添うという点では、デザインのバリエーションでさまざまな若者のニーズに応えようとしている点も、今に通じる部分があると感じました。ただ、昔は色や形を大胆に変化させ個性を持たせていたものが、今は同じベースの中で構成する要素を変化させ、多様化する価値観に対応しているように思います。一人の人が何者にでも変化できるような、そんな現代を象徴しているのではないでしょうか。
熊谷:現代は人々の価値観も多様化していて「これが求められている」と一概にはいえないのも難しいところですね。そんな時代を生きるお二人にとって、これからのセイコー 5スポーツは、どうなっていくべきだと思いますか?
藤本:私は多様化する現代だからこそ軸をしっかり持って、「若者に寄り添い、力を与える」という姿勢を貫き続けることが大切だと感じます。
熊谷:なるほど。それはどういうことでしょう?
藤本:現在のセイコー 5スポーツの中心となるモデルのデザインベースは、「SKX」と呼ばれる、ファンから長年愛されたダイバーズウオッチです。王道スタイルとも呼べるベースがあるから、多様な価値観の「Show your style」という表現ができるんです。軸があるからこそ、自由であり続けられると思います。
藤本:現在は、5Stylesと定義したレギュラーモデルの他に、若い世代のアーティストやブランドとのコラボレーションで若者に寄り添った多様なモデルを発表しています。良い反響をいただく度にファンの皆さんの力になっているのかなと感じますし、これからもそんな相棒となれる1本を作っていきたいと思っています。
菅沼:僕は機械式腕時計の存在と良さを知るきっかけがもっと必要だと思っています。そもそも自分と同じ20代の人たちは、クオーツとか機械式とかの違いすらあまり意識していないと思います。恥ずかしながら、僕もセイコーウオッチに入社するまであまり意識したことはありませんでした。
藤本:私もそうだったかも。
菅沼:けれど機械式腕時計を使うようになってからは、手でりゅうずを巻くという行為自体が楽しかったり、電子部品を使わずにぜんまいを巻き上げた力だけで時を刻んでいる姿が健気で可愛らしく思えたんです。そんな風に感情移入できることも知って欲しいし、長く愛されるために重要なことだと思います。
熊谷:セイコーの機械式腕時計には技術による信頼性と歴史があります。それらを土台にして、今の世代に寄り添ったアピールをしていく必要がありそうですね。2019年にリニューアルされたセイコー 5スポーツが、これから若者にとってどのような存在になっていくのか。セイコーミュージアムのスタッフとして、そしていちファンとして、とても楽しみです。