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Vol.34 時計の技術から、新しい体験をデザインする。展覧会「からくりの森」で目指したものとは? Vol.34 時計の技術から、新しい体験をデザインする。展覧会「からくりの森」で目指したものとは?

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東京の原宿に生まれた、腕時計の新たな可能性を育み、さまざまな楽しさを体験してもらうための発信拠点「Seiko Seed(セイコー シード)」。そのオープニングを飾る展覧会「からくりの森」が、2022年10月20日(木)から11月20日(日)にかけて開催された。今回のイベントでセイコーが目指したものとは? セイコーの技術とデザイン、そして外部クリエイターとのコラボレーションで生まれたその作品たちについて、デザイン部の千田拓己と、時計設計部の中村征幸が語ります。

千田拓己氏と中村征幸氏の写真。
千田拓己|Hiromi Chida 1986年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)入社。現セイコーウオッチ所属。海外向けのウオッチデザインを手掛けた後、電子、通信機器などの他分野、関連事業のデザインを担当。現在はスペシャリスト(社内資格)としてアドバンスデザイン開発に従事。
中村征幸|Masayuki Nakamura 車載機器メーカー、大手電機メーカーを経て、2008年セイコーインスツルに入社。現セイコーウオッチ所属。PROSPEXブランド、WIREDなどの、クオーツ式腕時計のソフトウェア開発に従事。
千田拓己氏と中村征幸氏の写真。
千田拓己|Hiromi Chida 1986年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)入社。現セイコーウオッチ所属。海外向けのウオッチデザインを手掛けた後、電子、通信機器などの他分野、関連事業のデザインを担当。現在はスペシャリスト(社内資格)としてアドバンスデザイン開発に従事。
中村征幸|Masayuki Nakamura 車載機器メーカー、大手電機メーカーを経て、2008年セイコーインスツルに入社。現セイコーウオッチ所属。PROSPEXブランド、WIREDなどの、クオーツ式腕時計のソフトウェア開発に従事。

「Seiko Seed」で発信したかったこと

千田:セイコーはこれまでも腕時計が好きな方へのアプローチをしてきましたが、そもそも腕時計に興味がない方やスマホで十分だと思っている方たちに向けて、もっとできることがあるのではないか。その思いが発信拠点、誕生のきっかけです。

中村:まだ世の中的には知られていない「実はこんなにおもしろい技術がある」ということを楽しく提示できれば、時計自体にも興味をもってもらえるのではないかと考えました。

千田:「Seiko Seed」には時計の楽しさを体感してもらえる場、技術とデザインの発信の場、未来に向けて種を蒔く場、という意味が込められています。Seedは「Seiko Experience Engineering and Design」の頭文字をとった言葉でもあります。

中村:腕時計は人々にとって最も身近な「機械」のひとつですが、一般の人がの動きや音が鳴る構造を見る機会はほとんどありません。「Seiko Seed」での第一回目の展示「からくりの森」は、そんな腕時計の内部で自由自在に動く小さなの動きや、美しい音を奏でる様子を通して、腕時計の仕組みや面白さ、技術の広がりを体感していただける場になればと思いました。

千田:「からくりの森」は主に2つのインスタレーションで構成しています。1つはアーティストのクワクボリョウタ氏(※1)をアドバイザーに迎え制作した「時計仕掛けの森」。そしてもう1つは、nomena(※2)の企画提案をもとに共同で制作した「時計の捨象」です。

中村:セイコーの数ある時計の中から今回注目したのは、メトロノームウオッチと音声デジタルウオッチです。なぜならそれらの内部機構には、通常の時計とは異なるユニークな技術が使われているからです。ちなみにどちらの腕時計もグッドデザイン賞を受賞しています。

音声デジタルウオッチSBJS015とメトロノームウオッチSMW006Aの正面写真。
音声デジタルウオッチ(左/ SBJS015)とメトロノームウオッチ(右/SMW006A)。それぞれ2020年、2022年にグッドデザイン賞を受賞している。(メトロノームウオッチ紹介ページはこちら
音声デジタルウオッチSBJS015とメトロノームウオッチSMW006Aの正面写真。
音声デジタルウオッチ(左/ SBJS015)とメトロノームウオッチ(右/SMW006A)。それぞれ2020年、2022年にグッドデザイン賞を受賞している。(メトロノームウオッチ紹介ページはこちら

千田:メトロノームウオッチは、その名の通りメトロノーム機能を備えた腕時計です。通常の腕時計は時と分の動きが連動していますが、この腕時計は特殊な内部機構により、それぞれのが独立して動くことが可能なため、より自由度の高い表現ができると考えました。

中村:音声デジタルウオッチについても、視覚障害者のために時刻を音声で伝える機能を使って大胆な演出ができると思い、よりおもしろさが伝えられそうなこれら2つの腕時計を活用することに決めました。

極小の技術を連鎖させて生まれた「時計仕掛けの森」

千田:時計内部機構という小さな機械の動きを、どれだけ大胆に、そしてわかりやすく見せられるか。そのための手法として「影絵」が有効ではないかというアイデアから、「時計仕掛けの森」の構想はスタートしました。

千田:時をテーマに、影絵で何を皆さんにお見せしたら良いだろうかと考えたとき、「人」と「時」の最初の出会いはどんな感じだったのだろうと想像しました。きっと自然の中で小鳥たちの声や虫の音から、また日々の夜明けと日暮れなどから肌身で感じ取っていたはず…。そこから様々な影絵のモチーフを創り出しました。

中村:とはいうものの、影絵を映し出すためのノウハウを持っているわけではありませんから、開発には大変苦労しました。実験機を制作したのですが、最初は思うような影を映し出すことすらできませんでした。最終的には16個の特殊な時計の内部機構と、16個の音声デジタルウオッチで「時計仕掛けの森」を表現することができました。

中村:音声デジタルウオッチは天井から吊り下げて、スピーカーとしての役割を持たせました。流す音は、時刻から動物の鳴き声やの音に変えています。しかし、基本的には本来の音声デジタルウオッチの機能をほぼそのまま活用しています。

千田:音量も思いのほか大きく、音割れもしなかったんですよね。

中村:そうですね。ただ、もともと音声デジタルウオッチは時刻を人の声で知らせるために、人の声の音域が聞き取りやすく設計されたものです。フクロウの鳴き声など低音を聞きとりやすい音に調節するのには苦労しました。

千田:フクロウは子供たちにもかなり人気でしたよね。生き物の動きについても、影に命を吹き込むためにかなりこだわってデザインしています。

「時計仕掛けの森」の展示風景。
時計仕掛けの森。自然に寄り添う日本ならではの時間意識を、光と音、時計の内部機構の動きを使って表現した。

中村:単に左右に動くだけではなく、実際に生きているように見せなければならない…。それをプログラミングで再現するのは大変でした。時計のの動きについても、昔の時計はが進んだらすこしバックするような動きになっているので、そこも忠実に再現しています。

千田:16個それぞれの動きを調整するのは、16種類の新製品を作るのと同じくらい大変な労力が必要だったと聞いています。相当な苦労をおかけしましたが、仕上げていただいたものは完成度が非常に高くて驚きました。

中村:来場されたお客さまは、アニメ映像と勘違いしてしまい、影絵ということに気付かれないんですよね。「実はこれ、時計を使って直接動かしている影絵なんですよ」と種明かしをしたときの皆さんの反応は印象的でした。影絵と精密機械とのギャップに驚かれて。動きだけでなく、音とのタイミングも緻密に計算しました。その点を社内外から評価をいただけたのもうれしかったです。

再現性にこだわり、緻密に計算された機械の動き。完成形にたどりつくまで、デモ機の試作と実験が何度も繰り返された。

千田:演出の部分では、クワクボさんに監修していただけたのも大きなポイントですね。画面構成の部分で大変魅力的なアドバイスをくださいました。あと細かい話ですが、今回の展示の裏テーマに、「ミソサザイ」という鳥をメインキャラクターに置きました。この鳥は童話にもよく登場し、小さいけれど大胆な性格の鳥として描かれています。

中村:今回の展示では、小さいけれど実はすごい内部機構の技術をみんなに知ってもらいたいという目的があったので、ミソサザイはその象徴的存在としてぴったりだと思いました。

時計機能を捨てた先に生まれるもの=「時計の捨象」

千田:「時計の捨象」では、アメンボ・蝶・雨の雫という3つのモチーフをもとにインスタレーションを制作しました。捨象とは、ある物事の特徴のうち⼀部を残して他を捨てることにより、その物事の本質を探ろうとする思考⽅法のこと。この作品では「時を計る」という時計の本分とも⾔える特徴をあえて捨てたときに、それでもそこに残るものはなにか、といった考え方がベースにあります。

中村:こちらは外部クリエイターのnomenaさんと協業して制作しましたが、中でもアメンボをモチーフにした水に浮かんだ時計がの動きによって水を掻いて進む作品(時計の捨象#1)は、私たちには決して思いつかないnomenaさんならではの発想でした。腕時計を扱う会社として、精密機械を水に浮かべようなんてことはまず考えませんから(笑)。

千田:それから、メトロノームウオッチ。動きに生命力を感じたので、本物の昆虫のように動かせないかと考えたわけですが、にフィンをつけることで本当に実現できるとは思いもしませんでした。全く驚きましたね。

時計の捨象#1の展示風景。アメンボをモチーフにした時計が針の動きによって水を掻いて進む様子。
時計の捨象#1。精密機械を水に浮かべて泳がせるという、セイコーでは考えつかないようなアイデア。しかしだからこそ、実現させる価値を感じたという。
時計の捨象#1の展示風景。アメンボをモチーフにした時計が針の動きによって水を掻いて進む様子。
時計の捨象#1。精密機械を水に浮かべて泳がせるという、セイコーでは考えつかないようなアイデア。しかしだからこそ、実現させる価値を感じたという。
ゆるやかな時の流れを感じさせるの動きが動力となり、水たまりを楽しげに浮遊する様は、まるで水辺の生き物のよう。

中村:に色彩の羽を与え、蝶が羽ばたく様子をイメージした展示(時計の捨象#2)も、時と分のそれぞれを自由に動かせる特殊な内部機構ならではの動きです。

千田:意外だったのは、nomenaさんにとっては今回、極小で静かな時計機構だけで展示物を制作できたことを新鮮に感じていたこと。私たちからすれば普通のことも、外から見れば驚きがあるというのはひとつの発見でしたね。

時計の捨象#2の展示風景。
時計の捨象#2。光学フィルムを貼り付けた時計の針を群れで配置。そこに光を放つことで、のリズムが色彩のグラデーションとなり、背部のキャンバスに描き出される。
と分でそれぞれ独立した動きができる、メトロノームウオッチの内部機構ならではのインスタレーションだ。

中村:また雨の雫をモチーフにした作品(時計の捨象#3)では、光の雫と雨音で描かれる時雨の情景、そしてその変化から「時間の流れ」を感じてもらいたいという意図が込められています。時々響くピアノの音も効果的ですね。それとこの作品では、時計の液晶表示部で雫をカウントアップしています。

千田:実はこのような液晶表示部の仕掛けは、「機械仕掛けの森」で吊り下げていた、音声デジタルウオッチにも設定していたんですよね。

中村:そうなんです。影絵として出てくる生き物のそれぞれの時間感覚や脈拍の速度を、カウント機能を使って表現しました。暗い空間の中で実際はほとんど見えないのですが、そういったところにまでこだわりを持ってやれたのはよかったですね。

時計の捨象#3の展示風景。
時計の捨象#3。光の雫が落ちることによって、その先にある音声デジタルウオッチから水の音が発せられる。
時計の捨象#3の展示風景。
時計の捨象#3。光の雫が落ちることによって、その先にある音声デジタルウオッチから水の音が発せられる。
それぞれ異なるリズムで響く雨音と、時折流れるピアノ音が、アンビエントに空間を満たしていく。

セイコーの技術とデザインの、未来への可能性

中村:今回の展示制作では、構想しながらプロトタイプを作っては試してみて、また作り直してというように、設計と開発を繰り返す「アジャイル式」の進め方を取り入れました。そのおかげでデザイン部の要望にも柔軟に対応することができたのかなと思います。

千田:細かな要望に答えていただき本当に感謝しています。今回の展示を通して、セイコーにもまだまだ幅広い情報発信ができることがわかり、「Seiko Seed」という場にも大きなポテンシャルを感じました。お客さまの中には、2時間以上滞在してくださる方や「次はいつ開催されるの?」と今後に期待してくださる方もおられ、非常に勇気をいただきました。

中村:それから、意外にも幅広い年齢の方々や家族連れが多く来場してくださったのもうれしかったですね。場所が原宿なだけあって、来場者は若い人がメインになるのかなと思っていましたから。セイコーのファン層を広げるという当初の目的も、少なからず達成できたのではないかと思います。

千田:今後もこういった活動を通して、腕時計だけでなく、その周辺にも着目しながら幅広い情報発信を行っていけたらと考えています。これからの「Seiko Seed」やセイコーからの発信に、どうぞご期待ください!

「からくりの森」の会場の写真。
時計の楽しさを伝えていくことを目的としたこの場所で、これからどんな物語が紡がれていくのか。今後の活動にも、ぜひ注目したい。
「からくりの森」の会場の写真。
時計の楽しさを伝えていくことを目的としたこの場所で、これからどんな物語が紡がれていくのか。今後の活動にも、ぜひ注目したい。

※1 クワクボリョウタ
アーティスト/情報科学芸術大学院大学[IAMAS] 教授/多摩美術大学情報デザイン学科 非常勤講師。現代美術を学んだ後、1998年に明和電機との共作《ビットマン》を制作し、エレクトロニクスを使用した作品制作活動を開始。デジタルとアナログ、人間と機械、情報の送り手と受け手など、さまざまな境界線上で生じる事象をクローズアップする作品によって、「デバイス・アート」とも呼ばれる独自のスタイルを生み出した。その代表作に《ビデオバルブ》、《PLX》、《ニコダマ》などがある。

※2 nomena
2012年設立。以来、日々の研究や実験、クリエイターやクライアントとのコラボレーションを通して得られる多領域の知見を動力にして、前例のないものづくりに取り組み続けている。近年では、宇宙航空研究開発機構JAXAなど研究機関との共同研究や、東京2020オリンピックにおける聖⽕台の機構設計などに参画。主な受賞歴に、文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞(2022)、Penクリエイターアワード(2021)、DSA日本空間デザイン賞金賞(2017)、日本サインデザイン協会SDA賞優秀賞(2017)、東京都現代美術館ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト公募展グランプリ(2012)他。

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