忍者専用腕時計
とは…?

専用すぎるために、多くの人には無用の長物になってしまう。この展覧会に並ぶ「専用すぎる腕時計」たちの悲しい宿命だ。しかし、「誰もがイメージしやすい、架空の人物」を持ち主に設定すれば、多くの人がその時計に興味や面白さを抱いてくれるのではないだろうか? そんな発想からたどり着いたのが、「忍者専用腕時計」だ。そして、それは日本らしい記号を強く打ち出しつつ、海外の人たちの目にもクールな専用腕時計に映るのではないかと考えたのである。


では、忍者専用腕時計に必須の機能とは何か? 私が着目したのは、「暗闇での隠密行動中に時刻を知りたい」というニーズだ。暗闇で時刻を知る機能といえば、まず頭に浮かぶのはルミブライト(蓄光塗料)だが、その光により敵に自らの存在を知られてしまう恐れがある。また、ダイヤルに目を向けることで、標的から目を離してしまうことも避けたい。そこで、指の触覚のみで時刻を読み取る「触読時計」を採用し、デザインを進めていった。


当初は、「忍者らしい腕時計だと、正体がバレてしまうのでは?」という懸念から、一般的な腕時計に近いデザインだった。しかし、そこから徐々に、多様な忍具を駆使する忍者の腕時計という考え方にシフトしていき、「道具感」をキーワードに、無骨でありながらもアイコニックなデザインへと変化していった。金属蓋の家紋はその忍者が仕える領主の家紋という設定に加えて、「黒で統一することで、あえて腕時計全体を見えにくくする」といった、さまざまな遊び心をひっそり忍ばせた腕時計になった。



専門家の声

忍者が活躍した時代に腕時計はまだありませんでした。忍者たちはどのように時間を知っていたのでしょうか?
当時の忍術書の中には時間に関する教えが記載されたものがあります。伊賀甲賀の忍術の集大成とも言える忍術書『万川集海』延宝4年(1676年)によると、夜空に出ている北斗星の位置や、錘(おもし)や砂時計といった道具で時間をはかったり、中には鼻息が通りやすいかどうかで時刻を計る忍びもいたとかで、子の刻には左の鼻穴が通り、そこから一刻ごとに片方ずつ通るようになる事で時間を知ったといいます。また、彼らは周囲の光によって変化する猫の瞳のカタチを見て時刻をはかっていました。瞳のカタチを丸や卵、柿の実や針に見立て、そのことを「猫の目歌」という数え歌として残しています。
さて、この様に時刻を知る事が大変だった忍者の時代。今作の様な素晴らしい腕時計があれば、どれだけ助かった事でしょう。
まず私が感心したのは装着方法です。弓矢の弓懸の様な装着方法で、紐で結び付ける非常に伝統的なデザイン。さらに、指で針を探る事で時刻を知る指触式の採用には感動しました。我々の修行でも触覚の訓練として目隠しをして物を触り、感覚を研ぎ澄ますものがあります。そうした稽古にもうってつけです。実現したら本業の私もぜひ欲しい逸品です。
担当デザイナー

菅沼 佑哉
2021年、セイコーウオッチに入社。現在はセイコー 5スポーツをメインにして、セイコーブランド商品のデザインを担当。