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Vol.28 伝統の技とデザインの融合。セイコー プレザージュ クラフツマンシップ シリーズの挑戦。 Vol.28 伝統の技とデザインの融合。セイコー プレザージュ クラフツマンシップ シリーズの挑戦。

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2021年、創業140周年を迎えたセイコーは、長い歴史の中で様々な魅力を持つウオッチを送り出してきた。そのウオッチのひとつに、セイコー プレザージュ「クラフツマンシップシリーズ」がある。工業製品と伝統工芸、それぞれの異なる個性を調和させ、新たな魅力を引き出すために奮闘したデザイナーと開発者が、現在に至るまでの軌跡について語ります。(2021.11.30)

日本の伝統工芸に、デザインの力で光をあてる。

富田:今回、セイコー プレザージュの「クラフツマンシップシリーズ」についてお話ししたいと思います。私は2011年からデザイナーとしてプレザージュに携わっています。クラフツマンシップシリーズでは、伝統工芸職人の方とやりとりを重ねながら、本格機械式腕時計の魅力を活かす商品の実現を目指してデザインを担当しています。

五十嵐:私は2013年から2017年まで、プレザージュの新製品投入までの生産工程の管理と推進を実行する開発担当者として、このシリーズに携わっていました。技術的な事柄や、デザイナーの富田さんと職人さんとの調整役も担ってきました。私の他にも、外装技術・要素開発分野で多くのメンバーが商品実現に尽力しています、今回はその一人としてお話しさせていただきます。

五十嵐と富田の写真
開発担当の五十嵐氏(左)とデザイナーの富田氏(右)。伝統と革新が共存する今回のウオッチにちなんで、和モダンな雰囲気の邸宅で対談が行われた。

富田:クラフツマンシップシリーズ誕生のきっかけは、2013年に「セイコー腕時計100周年」で企画された腕時計です。1913年に発売された国産初の腕時計「ローレル」をオマージュしたこの腕時計は、当時と同じく「琺瑯(ほうろう)」を採用しています。100年前に発売されたローレル同様、永く色褪せない素材を活かすデザインを目指しました。

五十嵐:機械式腕時計もメンテナンスをすれば、永く使い続けることが出来る。そういう意味でも琺瑯との相性がとても良かったんですよね。

富田:当時はソーラー電波ウオッチが全盛の国内市場でも「日本の伝統技術や文化を大切にしよう」という機運が急速に高まりつつあり、お客様も「琺瑯」を採用した機械式腕時計に新鮮な驚きを感じたのではないでしょうか。

五十嵐:「琺瑯ダイヤル」を採用した機械式腕時計という新鮮な話題性に加え、セイコー腕時計100周年を記念した限定モデルの希少性もあり、発売前から予約が殺到しすぐに完売してしまいました。店頭で現物を見る事が出来なかったのを覚えています。

富田:この反響を受け、もっと多くの人にその魅力を感じ、喜んでもらいたいという想いから、琺瑯モデルのレギュラー商品化計画がスタートしました。

琺瑯ダイヤルモデルSARW035の正面写真
セイコー プレザージュ「琺瑯(ほうろう)ダイヤルモデル」(SARW035)。本格機械式腕時計という言葉がぴったり当てはまる。
机に置かれたSARW035の写真
永く色褪せないと言われる琺瑯にはどこかあたたかみがあり、ともに時を歩むものとしての安心感がある。
SARW035を手にした五十嵐の写真
五十嵐昭夫|Akio Igarashi 1989年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)に入社。1994年より盛岡セイコー工業に出向。2001年、セイコーインスツルに帰任後はSビジネス営業部にて新モデル推進を担当。デザイナーの富田とプレザージュ開発でコンビを組む。現在はセイコーウオッチの時計研修センターで活躍中。
琺瑯ダイヤルモデルSARW035の正面写真
セイコー プレザージュ「琺瑯(ほうろう)ダイヤルモデル」(SARW035)。本格機械式腕時計という言葉がぴったり当てはまる。
机に置かれたSARW035の写真
永く色褪せないと言われる琺瑯にはどこかあたたかみがあり、ともに時を歩むものとしての安心感がある。
SARW035を手にした五十嵐の写真
五十嵐昭夫|Akio Igarashi 1989年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)に入社。1994年より盛岡セイコー工業に出向。2001年、セイコーインスツルに帰任後はSビジネス営業部にて新モデル推進を担当。デザイナーの富田とプレザージュ開発でコンビを組む。現在はセイコーウオッチの時計研修センターで活躍中。

量産化への、長く険しい道のり。

五十嵐:商品のレギュラー化の、どこが大変なの?と思われるかもしれません。でも、一度きりの限定で限られた枚数のダイヤルを作ることと、常に同じ品質のダイヤルを継続して作り続けることでは大きな違いがあります。そして、この琺瑯製造にはいくつもの課題がありました。

富田:一番の課題は、職人さんがたった一人で製造されているということでしたね。しかも、製造の依頼も減少を続け、そろそろ引退を考えていたとも聞いています。でも、この琺瑯ダイヤルを作ることが出来るのは日本でただ一人。技術が途絶えないよう、五十嵐さんも品質面など様々なサポートをされていましたよね。

五十嵐:どうやって高品質を維持しながら一定の枚数を継続して製造できるか、職人さんと何度も話し合い、試作を繰り返してもらいました。琺瑯の焼き上がりは、その日の気温・湿度や時間帯、また季節によっても変わるため、その調整も非常に大変なんです。

富田:うまく焼き上がらなかったサンプルを私も見せてもらいましたが、セイコーの品質基準を満たすダイヤルを製造するために、大変な試行錯誤が感じられました。

五十嵐:手仕事による光沢のゆらぎがこの琺瑯の「個性」ですが、「品質」としてどう判断するかも大きな課題でした。一般的な工業製品の常識とは違い、全てが1点ものなので、外観判断する新たな基準を設ける必要があったのです。

富田:そういう意味では、琺瑯をきっかけに、「異なる個性の美しさ」を基準化するという新しい価値をデザインしたと言えるかもしれませんね。ひとつとして同じものは無い、この絶妙なニュアンスの魅力をお客様にも分かってもらえたのだと思います。

さまざまな琺瑯ダイヤルの写真
琺瑯ダイヤルはすべて職人の手によって焼き上げられ、ひとつとして同じものはない。それが製品としての難しさであり、また魅力でもある。
机で書き物をしながら手元のSARW035を確認する人の写真
ひとつとして同じではない、つまり一点ものであるとも言える。そんなウオッチを腕に巻けば、自分だけの特別な時間が流れているような感覚が味わえるかもしれない。
さまざまな琺瑯ダイヤルの写真
琺瑯ダイヤルはすべて職人の手によって焼き上げられ、ひとつとして同じものはない。それが製品としての難しさであり、また魅力でもある。
机で書き物をしながら手元のSARW035を確認する人の写真
ひとつとして同じではない、つまり一点ものであるとも言える。そんなウオッチを腕に巻けば、自分だけの特別な時間が流れているような感覚が味わえるかもしれない。

工芸の魅力を引き出すデザイン。

富田:琺瑯モデルの反響を目の当たりにした私たちは、日本の伝統技術や文化を大切にしていくためにも、この機を逃すわけにはいかないと決意し、クラフツマンシップシリーズ第二弾として「漆」に挑戦。色褪せない白と対をなす「漆黒」を目指し、あえて琺瑯モデルとデザインを大きく変えない方向で進めました。

富田:ですが、いざデザインしてみると、何か物足りない。漆らしさを感じるには何か工夫が必要でした。そこでイメージしたのが蒔絵です。漆器に描かれる蒔絵には金粉が使われることが多く、にややマットな質感の金を配色したところ、非常に明快な漆器らしい華やかな印象を出すことができました。

五十嵐:そのほかにも漆の魅力を引き出す工夫として、新たに開発した印刷技術を採用しました。これによってインデックス印刷をより盛り上げることができたんですよね。

富田:この印刷技法は繊細なのにとても立体的に見える効果があり、相対的に、漆ダイヤルは吸い込まれるような無限の奥行きを感じさせ、インデックスは浮いているような錯覚を覚えます。漆ダイヤルにしか実現できない魅力を表現できたと思います。

五十嵐:量産化については、この漆も職人さんの頑張りがあったからこそ実現したと言えます。黒漆、色漆ともに、色調の実現には数ヶ月から1年を超える検討期間を要しました。

漆ダイヤルモデルSARW013の正面写真
セイコー プレザージュ「漆ダイヤルモデル」(SARW013)。抜けるような漆の黒は、眺めているだけでその魅力に吸い込まれそうになる。
漆ダイヤルモデルSARW013の正面写真
セイコー プレザージュ「漆ダイヤルモデル」(SARW013)。抜けるような漆の黒は、眺めているだけでその魅力に吸い込まれそうになる。
机に置かれたSARW013の写真
非常にスタイリッシュではあるものの、和の要素も兼ね備えているため、日常のワンシーンにもよくなじむ。
机に置かれたSARW013の写真
非常にスタイリッシュではあるものの、和の要素も兼ね備えているため、日常のワンシーンにもよくなじむ。(SARW045)
SARW013を手にした富田の写真
富田朋子 | Tomoko Tomita 1991年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)入社。現セイコーウオッチ所属。これまで「LUKIA」「SEIKO MOVING DESIGN COLLECTION」など国内市場向け商品を幅広く担当。2011年からは主に「PRESAGE」を担当。最近では「KING SEIKO KSK復刻」を手掛ける。
SARW013を手にした富田の写真
富田朋子 | Tomoko Tomita 1991年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)入社。現セイコーウオッチ所属。これまで「LUKIA」「SEIKO MOVING DESIGN COLLECTION」など国内市場向け商品を幅広く担当。2011年からは主に「PRESAGE」を担当。最近では「KING SEIKO KSK復刻」を手掛ける。

富田:ずっと見ていたくなるような奥行きを感じる黒さや艶やかさは、漆の魅力のひとつですよね。ウオッチとの相性もすごくいいですし。

五十嵐:外観だけではない良さもあると思います。漆を身に着けている、という特別感は、少し背筋がのびるような気持ちになりますよね。

職人の技を届けたい。伝えていきたい。

五十嵐:富田さんとは、職人さんの作業場にも何度も足を運びましたね。やはり現場に行くことで刺激を受け、得られるものが多くあったのではないですか?

富田:職人さんとのやりとりでは得られることがたくさんあって。話し合ったアイディアを持ち帰り、デザインに落とし込む作業はやりがいのあるものでした。

五十嵐:職人さんとのよい相乗効果が生まれているように感じました。

富田:そうですね。職人さんに「チャレンジしてみたい!」と思ってもらえるデザインができて、さらに職人さんからもアイディアが出たりと、よい関係性が築けていたと思います。

さまざまな漆ダイヤルの写真
その思想やものづくりに対するこだわりに刺激を受け、デザインのアイデアも徐々に成長していった。
さまざまな漆ダイヤルの写真
その思想やものづくりに対するこだわりに刺激を受け、デザインのアイデアも徐々に成長していった。
SARW013を身につけて漆器でぜんざいを食べる人の写真
漆職人いわく「漆は使ってなんぼ」。古来、日用品に多く使われてきた漆は、人々の生活に寄り添ってこそ、その魅力が発揮されるのかもしれない。
SARW013を身につけて漆器でぜんざいを食べる人の写真
漆職人いわく「漆は使ってなんぼ」。古来、日用品に多く使われてきた漆は、人々の生活に寄り添ってこそ、その魅力が発揮されるのかもしれない。

五十嵐:今思い返すと、理想を追求する職人と、その魅力を最も効果的に表現しようとするデザイナー、この2人の熱意に何とか答えたいという気持ちが強かったですね。でも、商品化のためにクリアすべき制約、課題が多くあります。私自身もアイディアを出しながら、それぞれが納得いくものになるよう、最善のバランスを見極めていきました。

富田:琺瑯ダイヤルモデル、漆ダイヤルモデルの他にも、有田焼や七宝をダイヤルに採用した腕時計も展開しています。それぞれに異なる魅力があるなか、デザインする上で共通しているのは、いかにシンプルに素材の魅力を引き出せるか。ウオッチとして伝統工芸の魅力を最大化することで、新しい価値に繋がると信じています。

五十嵐:機械式腕時計と伝統工芸のお互いの価値・良さが伝わり喜んでいただけるなら、ウオッチと工芸、どちらが入口であってもいいと思うんです。なので、より多くの人に手軽に手に取ってもらえるよう、価格もできるだけ抑えるように努力しています。

富田:私は、日本の伝統工芸と機械式腕時計が永く共に時を歩むものとして大切な存在になり、いつまでも愛着の持てるデザインを目指したいと思っています。使えば使うほど好きになる。その人にとって大切なものになる。そんな腕時計を、これからも作り続けていきたいですね。

琺瑯ダイヤルモデルSARW035と漆ダイヤルモデルSARW013が並んだ写真
開発に携わったメンバーそれぞれの想いとこだわりが詰まった「クラフツマンシップシリーズ」。身につけることで、伝統工芸に対する新たな視点、あるいはウオッチが持つ思わぬ可能性に出会えるかもしれない。
琺瑯ダイヤルモデルSARW035と漆ダイヤルモデルSARW013が並んだ写真
開発に携わったメンバーそれぞれの想いとこだわりが詰まった「クラフツマンシップシリーズ」。身につけることで、伝統工芸に対する新たな視点、あるいはウオッチが持つ思わぬ可能性に出会えるかもしれない。
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