SEIKO

by Seiko watch design

  • 日本語
  • English
メニュー

Vol.7 「ウオッチらしさ」の枠を壊したデザイン。 Vol.7 「ウオッチらしさ」の枠を壊したデザイン。

HomeStoriesVol.7 「ウオッチらしさ」の枠を壊したデザイン。

2002年から2009年にかけてセイコーウオッチ株式会社のデザイン統括部は、プロダクトデザイナーの深澤直人氏をプロジェクトディレクターに迎え「パワーデザインプロジェクト」というワークショップを開催していた。それは社内のデザイナーたちが普段の業務を離れ、「新しい視点や発想で、これまでにないウオッチのデザインを世の中に発信していく」ことを目的としてはじまった活動で、毎年、それぞれのデザイナーがテーマに合わせて自由な発想で個性的なプロトタイプの発表を続けていた。そこで今回は、このプロジェクトの取り組みと、自身が発表したプロトタイプ、さらにその発想を活かして数年後に実際に発売されることになったプロダクトについて、デザイナーの児島直子が語ります。(2018.09.27)

児島直子|Naoko Kojima
1998年セイコーエプソン株式会社入社。現在、セイコーウオッチ株式会社 デザイン統括部所属。入社以来、「LUKIA」を中心に国内レディースウオッチのデザインを手掛け、スタンダードウオッチからスポーツウオッチまでカテゴリーにとらわれないデザインを担当。

「大人の洗練」。それって、遊び心のこと!?

今回は、「セイコーウオッチのデザイナーが未来へ向けてどう進んでいくか?」を思考するためにはじまった「パワーデザインプロジェクト」について語りたいと思います。

この活動を振り返ってみれば、私がこの会社に入社したのと近い時期にはじまったこともあり、自分のデザイナーとしての個性や、その後に生みだしたプロダクトにも大きな影響を与えたと思えるプロジェクトでした。
「パワーデザインプロジェクト」は、そもそも展覧会ありきで始まったわけではなく、社内での勉強会のような活動がメインでした。たとえば、「普段の生活の中で外したウオッチが置かれた場所を撮影して、その状況を観察することから、ウオッチと人の関係を読み解いてみる」とか、いろいろなワークショップをしていました。

その延長線上で、ウオッチのプロトタイプを作るようになって、それを社外に向けて発信するようになったのが、2002年のことです。私が初めて参加したのが、2003年の2回目のプロジェクトでした。その当時、入社6年目の私は参加メンバーの中で最も若かったと思います。その時、私たちに与えられたテーマが「大人の洗練」というもの。参加メンバーで、みんながクスッと共感できる「遊び心」こそが「大人の洗練」ではないか? と考え、私からは2つのデザインを発表しました。

「水準器」と「ガラス瓶」をウオッチにするとどうなる?

私が提案したひとつは、「水準器」という作品。その名の通り、建築や写真撮影などの現場で「水平」を確認するための器具である「水準器」をモチーフにしています。おそらく、ウオッチを見る時って人は誰しも、無意識にダイヤルを見やすい角度で見ようとしていますよね。その無意識で行われていることを「意識化」することで生まれる「新たなウオッチへの愛着」のようなことを考えました。

水準器のイラスト
「どちらも計器である『水準器』と『ウオッチ』。その2つを融合させることで、新しい何かが生まれるのではないか?そんな思いつきが、アイデアの出発点でした」(児島)
水準器のイラスト
「どちらも計器である『水準器』と『ウオッチ』。その2つを融合させることで、新しい何かが生まれるのではないか?そんな思いつきが、アイデアの出発点でした」(児島)
水準器ウオッチのイラスト
「ダイヤルの中に水と気泡が入り込めば、つい気泡を転がしながら時間を見てしまう、という新たな行動が生まれるのでは?と考えてデザインを進めていきました」(児島)
水準器ウオッチのイラスト
「ダイヤルの中に水と気泡が入り込めば、つい気泡を転がしながら時間を見てしまう、という新たな行動が生まれるのでは?と考えてデザインを進めていきました」(児島)
最終的なプロトタイプの写真と、水準器部分の拡大写真
「最終的なプロトタイプです。こだわったのは、水準器の造形のリアルさ。『手の上で転がして、ずっと眺めていたくなるウオッチ』というゴールを目指して完成させました」(児島)
最終的なプロトタイプ
「最終的なプロトタイプです。こだわったのは、水準器の造形のリアルさ。『手の上で転がして、ずっと眺めていたくなるウオッチ』というゴールを目指して完成させました」(児島)

この「水準器」は、シンプルなデザインなので、そのディテールに至るまで「リアルさ」を追求することが重要だと、当時の私は考えました。なので、実はこのプロトタイプは、実際に水準器を作っているメーカーさんの協力を得て完成しました。「そこまでしなくても?」と思うかもしれませんが、私にとってそれは、非常に重要なこだわりでした。

もうひとつは「Bottle」というもの。「透明のガラス瓶」をモチーフにしたプロトタイプです。瓶の「栓」と「底」だけを残して、他の部分はすべてショートカットしてつなげてしまうという発想で作りました。ガラスの表面を見ると「瓶の底」のように湾曲しているようにデザインしてあり、ウオッチを裏返すと裏蓋は「王冠」のような形状にしています。

ガラス瓶を見つめていて、「底のブツブツがウオッチの目盛りみたいだな」とか「王冠がスクリュー裏蓋みたいだな」という発想が浮かびました。本体の側面には、ガラス瓶の側面に刻印された賞味期限のようなイメージで、これもちょっとした遊び心で、この展覧会の開催日を刻み込みました。

ガラス瓶の『栓』と『底』
「ガラス瓶の『栓』と『底』が持つ質感と凹凸に惹かれ、それをウオッチの要素として取り込めないかと考えた。それが発想の出発点です」(児島)
ガラス瓶の『栓』と『底』
「ガラス瓶の『栓』と『底』が持つ質感と凹凸に惹かれ、それをウオッチの要素として取り込めないかと考えた。それが発想の出発点です」(児島)
ウオッチ
「そして辿り着いたのが、他の部分はすべてショートカットして、ガラス瓶の『栓』と『底』だけを貼り付けたようなデザインのウオッチ」(児島)
ウオッチ
「そして辿り着いたのが、他の部分はすべてショートカットして、ガラス瓶の『栓』と『底』だけを貼り付けたようなデザインのウオッチ」(児島)
最終的なプロトタイプ
「ディティールを検証して製造部門とも打合せを重ねて、瓶が持つ『妙な歪み』や『少し重めの質感』を感じさせるデザインに昇華させることができました」(児島)
最終的なプロトタイプ
「ディティールを検証して製造部門とも打合せを重ねて、瓶が持つ『妙な歪み』や『少し重めの質感』を感じさせるデザインに昇華させることができました」(児島)

「無垢なウオッチ」として、そのアイデアは蘇った。

これらは、あくまでプロトタイプで、販売前提でデザインしたものではなかったのですが、その数年後に「Bottle」のアイデアを受け継ぎながら、実際に2007年商品化したモデルが「SEIKO MOVING DESIGN COLLECTION」というシリーズです。

これは、「パワーデザインプロジェクト」という活動があって、当時の試行錯誤とプロトタイプがあったからこそ、世に出たデザインだと言えると思います。造形的にもそうですし、ひょっとしたら「パワーデザインプロジェクト」という、挑戦的なプロジェクトがなければ、社内の理解や協力も得られず、この「ムービングデザイン」という、セイコーブランドでは、やや特殊なシリーズを発売しようという機運になっていなかったかもしれません。

このムービングデザインの企画の時に強く意識したことがあって、それは「無垢なウオッチ」をつくりたいということ。具体的にいうと、ケースダイヤルに一体感があって「一つの塊」に見えるようにしたかった。
「そのために、どうすればいいか?」と考えてたどり着いたのが、ダイヤルケースがつながったような、緩やかなすり鉢状のダイヤル形状で、「Bottle」と同じような形状になりました。また、ぎりぎりまで伸ばした細長いが、ダイヤルに影を落とすことで、すり鉢状の形状を強調しています。

バンドの上に『マカロン』が乗ったウオッチ
「実を言うと、当初のイメージは、バンドの上に『マカロン』が乗ったウオッチ。途中で、『ハンバーガー』というキーワードが出ていた時もありましたね…」(児島)
バンドの上に『マカロン』が乗ったウオッチ
「実を言うと、当初のイメージは、バンドの上に『マカロン』が乗ったウオッチ。途中で、『ハンバーガー』というキーワードが出ていた時もありましたね…」(児島)
ゆるやかな『すり鉢状』になったお皿
「その着想を深めていくうちに辿り着いたのが、ゆるやかな『すり鉢状』になったお皿。そのことで『無垢さ』を表現できると考えました」(児島)
ゆるやかな『すり鉢状』になったお皿
「その着想を深めていくうちに辿り着いたのが、ゆるやかな『すり鉢状』になったお皿。そのことで『無垢さ』を表現できると考えました」(児島)
最終的なプロダクト
「最終的なプロダクトです。『ひとつの無垢な塊』をゴールイメージに、余計なものは削ぎ落として、このようなデザインに帰着させました」(児島)
最終的なプロダクト
「最終的なプロダクトです。『ひとつの無垢な塊』をゴールイメージに、余計なものは削ぎ落として、このようなデザインに帰着させました」(児島)

「Bottle」の時は、実際の瓶よりも小さいウオッチのケースガラス瓶っぽく、湾曲して見せるための工夫としてダイヤルをすり鉢状にしましたが、このムービングデザインの時はケースダイヤルの「一体感」を目指して、ダイヤルをすり鉢状にしています。目的は違うけど、生かされたアイデアとして、2つのデザインは私の中のどこかでつながっていました。

この時にイメージしたのは、ガラス瓶ではなくて「お皿」でした。ダイヤルの上面が平らではなく、お皿のように真ん中がすり鉢状になっています。或いはケースの「上下の一体感」ということで、お菓子のマカロンも意識しました。いい意味で、ウオッチっぽさをちょっと逸脱した、個性的なデザインに仕上がったと思います。

この「SEIKO MOVING DESIGN COLLECTION」は2008年のグッドデザイン賞も受賞することになって、紆余曲折を経ながらも対外的な評価を受けたことが、そもそものパワーデザインプロジェクトの意義だった事に繋がったのかなと思っています。

正直なところ、いま「Bottle」や「水準器」を見返すと、「若いなぁ」と思う部分も多々あります。まだこなれていないというか、他のベテラン参加メンバーのプロトタイプと比べて「ウオッチっぽさ」が足りていないような気がします。その一方で、若さゆえの「規制の枠から飛び出す発想」が出せたのかな?と思っています。

このプロジェクトには、2003年と2008年の2回参加しましたが、そんな「ウオッチらしさ」や「セイコーらしさ」に縛られすぎない自由な発想こそが、やがて私自身の考える「デザインの可能性」や「自分の個性」を推し進める原動力になっています。

児島
深澤氏がウオッチの本体とバンドの関係を「寿司ネタとシャリ」に例えていたのが印象的だという児島氏。「いま思うと、入社当時の私のデザインは、ネタが大きすぎるものが多かったのかもしれません(笑)。」
児島
深澤氏がウオッチの本体とバンドの関係を「寿司ネタとシャリ」に例えていたのが印象的だという児島氏。「いま思うと、入社当時の私のデザインは、ネタが大きすぎるものが多かったのかもしれません(笑)。」
このページをシェア