デザインは視線を誘導する。
そんなふうに自分たちの仕事をあらためて俯瞰してみて思うことがあります。それはセイコーのデザインの特長は、一見シンプルなデザインにみえて実は隅々までがデザイナーによって意図され計算された結果だということです。たとえばカクテルをイメージしたシリーズにしても、艶やかな光を放つという文字盤の派手さはあるけれど、その他のデザイン要素に目を移してみると文字盤ほど奇をてらった印象にはなっていません。むしろとてもスタンダードなデザインです。
逆に考えると、その他の部分がシンプルで過剰な造形がないからこそ、文字盤のディテールにも目が行きやすい。このユーザーの目の動線、視線の誘導も、我々デザイナーの仕事のひとつといえるでしょう。
光と影。それは「時の移ろい」の象徴でもある。
シンプルな文字盤も複雑な文字盤も、スタンダードな文字盤も工芸的な手法の文字盤も、そこに注がれる光の色や強さや角度によってその表情はまったく違って見えます。
つまり、そこに注がれているのが朝の光なのか夕方の光なのか、季節は夏なのか冬なのか、自然光なのかバーカウンターを照らすダウンライトなのか、その「時の移ろい」によって目に映る文字盤の表情が変わっていきます。時の移ろいが光と影の移ろいとして文字盤の表情に反映されていく、そのこと自体が、目に見えない時の移ろいを可視化する道具である「腕時計」という存在ととても相性がいいと思っています。
私たちが生きる地球上のあらゆる場所にはかならず、時の移ろいの投影である「光と影」があって、その中で人々の無数の営みが繰り広げられています。私たちはその腕時計を身につけた人たちの営みである生活や人生、それをつつみこむ街並みや景色などさまざまなものとの関係をイメージしながら、それにふさわしいデザインを追求しています。