3人が好きな時計から、デザインの話は広がる。
種村:2018年からグランドセイコーが、「ミラノデザインウィーク」で展示を行っているのですが、その2018年の展示に参加していただいたのが、デザインファーム「TAKT PROJECT」の吉泉さん、2019年の展示に協力していただいたのが、コンテンポラリーデザインスタジオ「we+」の安藤さんと林さんです。
種村:お三方とも、グランドセイコーをお持ちだということなので。まずは、そのモデルを選ばれた理由を入り口に、話を進めていきたいと思っています。まず、安藤さんがお持ちの、そのモデルは?
安藤:スプリングドライブを搭載した、このグランドセイコー(SBGA293)です。
種村:どういうところが気に入って選んだんですか?
安藤:まず、ダイヤルの色ですね。「真っ白」とか「真っ黒」とかの振り切った色ではなく、もっと曖昧な中間色が良いなと思って、このベージュっぽいダイヤルを選びました。
種村:なるほど。
安藤:あと、革製のバンドも理由の一つです。金属バンドよりも、自分に合っている気がして。ところで今、金属バンドと革バンドでは、どちらのほうが主流なんですか?
種村:日本だと、金属のほうが多数派ですかね。安藤さんがつけているモデルは、グランドセイコーの「クラシックライン」に属しているもので…。
安藤:クラシックライン、ですか。言われてみると確かに、シックな印象がありますね。
種村:「ボックスガラス」という、平面ではなく、立体的に盛り上がったガラスを使っているんですが。そのガラスの形状によって、ヴィンテージ感が強く醸し出されています。
安藤:まさしく、このガラスの形状が良いなと思って、選びました。デザイン的には、どういう意図があるんですか?
種村:ボックス型のガラスにすると、ケースの胴を薄く見せることができるんです。そして、そのボックス状の空間に針を収めることで、ダイヤルが間近にあるように感じる。こちら側に、ぐっと迫ってくるような印象になるんです。
安藤:なるほど。そういう理論を理解した上で、このモデルを選んだわけではないけれど。おそらく、デザイナーさんが意図した「ダイヤルが間近に迫ってくる感じ」を魅力的だと感じて、このウオッチを手に取ったということなんでしょうね。
種村:そうだと嬉しいですね。このクラシックラインは最近、むしろ若い人たちや、女性にも人気のあるカテゴリーになっています。
種村:林さんがつけているグランドセイコーと、その惹かれた部分は、どんなところですか?
林:僕が選んだのは、このグランドセイコー(SBGA281)です。ブラックだけど、グレーのようでもあり、時にはブラウンっぽくも見える。
種村:はい。ちょっと、不思議な色合いのダイヤルなんですよね。
林:白ダイヤルはフォーマル、黒ダイヤルはカジュアル、というイメージが僕にはあって。でも、このダイヤルは真っ黒ではないから、「フォーマルとカジュアルの中間」という感じ。スポーティさもあって、どんな場面でも使えそうだと思いました。
種村:まさに、その「ダイヤルの絶妙な色合い」が、ウオッチデザインの醍醐味のひとつだと言えると思います。黒ならば黒、白ならば白で、その間には数百種類もの「色の幅」が存在しているんです。
林:そんなにあるんですね。
種村:この時計のダイヤルは、塗装ではなくメッキの黒色なんです。メッキは塗装よりも透けやすいから、その下地の金属の輝きや、そこに刻まれた模様もうっすら見える。要するに、複雑で奥行きのある黒色になるんです。
林:だから、色に「ゆらぎ」を感じるんですね。
種村:あと、先ほど「スポーティさもある」と、言っていただきましたが。
林:はい、そんな印象を受けました。
種村:このモデルは、まさにその「スポーティさ」を強く打ち出したモデルです。デザインのポイントは、りゅうずを覆っている「りゅうずガード」。頑丈さが求められるダイバーズウオッチと違って、グランドセイコーには本来は必要ない「りゅうずガード」を、あえて強調しているんです。
林:そうなんですか?
種村:はい。結果として、適度にカジュアルダウンされた、スーツ以外にも似合う時計に仕上がっています。今ではデザインの一方向として定着していますが、当時(約15年前)のグランドセイコーにとっては、非常に「思い切ったデザイン」でした。
「最も売れているグランドセイコー」の秘密。
種村:吉泉さんは、なぜ、そのグランドセイコーを選ばれたんですか?
吉泉:えっと、まず最初に「一番グランドセイコーっぽいものが欲しい」という思いがあって。
種村:なるほど。ド直球ですね(笑)。
吉泉:昔からグランドセイコーに対するイメージとして、「清らかさ」というものがあって。そういうデザインのものを欲しいと思いました。でも、「クリーンでノイズがない」だけじゃなく、そこに何かが欲しかった。そして選んだのが、このグランドセイコー(SBGA211)です。
種村:実を言うと、そのモデルが、世界で最も売れているグランドセイコーなんです。
吉泉:そうなんですか。それは知りませんでした。
種村:ユーザーから、「雪白」とも呼ばれているもので、これは、雪国出身のデザイナーが、幼少期に見た美しい雪景色を思い出しながらデザインしたものなんです。
吉泉:そう、このテクスチャが良いんですよね。ところで、こういう繊細な表現って、どこまで数値化・図面化して、製品の均一さをコントロールできるものなんですか?
種村:かなり厳密に図面化・コントロールされています。まず金属に指定通りの型打ちを行います。そのあと面を整え、その上に特殊なメッキをして、さらにラップ加工をして…。
吉泉:なるほど。
種村:で、平らにした後で再び、光が乱反射するように表面を加工する。そうすることで、真っ白に見えつつ金属の光沢も入り混じった、奥行きのあるダイヤルになるんです。
安藤:ところで、時計のデザインをする時って、「このダイヤルにしよう!」と選ぶことができる「サンプル一覧」みたいなのがあるんですか?
種村:「型打ちのサンプル」はあるし、「塗装のサンプル」や「メッキのサンプル」もあります。でも、その「型打ち」と「塗装」の掛け合わせの全パターンを作ると凄い数になるので、それは存在しません。何と何を組み合わせたらどうなるのかは、デザイナーが頭の中でシミュレーションするしかない。
安藤:それは大変ですね。
種村:「焼き物」に似た部分がありますね。試作品が仕上がってみるまで、どうなるか完全には予想できない。経験を積めば、仕上がりを想像する能力は上がっていくけど、もちろん時には予想外のこともあります。
ウオッチデザインの本質は、どこにあるのか?
種村:さっき設計図の話をしましたが、ウオッチのデザインをする時、図面に書かれている数字の単位は「100分の1ミリ」なんです。
安藤:100分の1ミリですか。まあ、ウオッチだと、そういう精密さが必要になりますよね。
種村:でも、その極限まで突き詰めた精密さの一方で、グランドセイコーには「工業製品っぽさ」がありすぎないほうが良いとも思っています。その日の天気とか、その日の気分とかで、見え方が違ってくるみたいな。
吉泉:確かに、ダイヤルの見え方に「ゆらぎがあること」が、良さでもありますね。
安藤:実は最初、このグランドセイコーをつけた時、「自分のものじゃないみたい」という感覚を抱いたんです。でも、しばらくすると思わなくなった。肌に馴染んできたというか。
吉泉:自分も最初、似たようなことを思いました。果たしてこれは自分に似合っているのだろうか?と思ったりもして。
種村:お三方とも、自分の好みで選んだだけあって、とても似合っていると思いますよ。
吉泉:同じグランドセイコーでも、それぞれのモデルにキャラクターというか、人格がありますよね。
種村:おっしゃる通りで、高級時計はステータスを示す道具でもあるけど、それとは別に「独自のデザインの思想」がある。どんなウオッチを身につけるかが、そのユーザーの思想や個性を表しているとも言えます。
安藤:グランドセイコーをつけている人は、遠くから見ても分かるんですよね。ウオッチのケースから放たれている強い光で。あれは凄いですよね。
種村:ケースを美しく光らせる技術も、私たちセイコーが自信を持っている部分ですね。製造部門の「ケースの表面をザラツ研磨で美しく仕上げる技術」を活かしつつ、デザイナーたちが「美しい光の反射」を意識してデザインを進めていく。
林:僕たちwe+も、吉泉さんのTAKT PROJECTも、何かしらの自然現象を作品の中に取り込むことが多かったりするけど。それは、自分たちが生み出すプロダクトの造形や色よりも、自然界にあるもののほうが、無駄がなくて美しいという理由があるんですよね。
種村:それに関連する話ですが、ウオッチデザインに携わって思うのは、「作りづらいものは、結局、良いデザインにならない」ということです。「どうやったら、もっと美しく光らせられるか?」と必死に複雑な形を考えても、うまくいかないことが多い。シンプルなものほど、強い輝きが生まれたりする。
林:明確な機能を持ちつつ、ジュエリー的な側面があるのが、高級ウオッチの特徴ですよね。その中で、どういう視点でジュエリー化していくのか、各社のアプローチがあるのだと思います。でも、グランドセイコーの場合、「貴金属や宝石を使って高級にしよう!」というスタンスとは違うものが多いですよね。
種村:実用性を大切にしたブランドなので。「時計はどうしたら、もっとウオッチらしくなるのか?」という本質的な部分を追求していますね。視認性だったり、つけやすさだったり。
吉泉:グランドセイコーには、ある一定のデザインコードがありますよね。でも、その中で、いろんなモデルが存在している。
種村:デザインの幅を広げつつも、当然、ブランドとして守るべきものがあるので、そこから外れるものが世に出ることはありません。逆に言うと、世に出ているモデルたちは、ちゃんと「グランドセイコーらしさ」を守っているということですね。
吉泉:マニュファクチュール(ムーブメントから自社一貫製造を行うウオッチメーカー)だからこそ、デザインで多少は挑戦的なことをしても、きちんと着地できるのでは?とも思っています。
種村:そうかもしれませんね。際どくてもギリギリのところで、グランドセイコーの枠の中に踏みとどまっている。だから、グランセイコーはもっとデザインで挑戦をしてもいいのかも?
吉泉:前々から、ウオッチデザインは、現代のあらゆるプロダクトデザインへの大きな示唆にあふれている気がするんです。すべてのプロダクトは今、「インフラ化」と「ラグジュアリー化」に大きく二極化されつつあると思うんですが。ウオッチは、生まれながらにして、その両極を行き交っている気がしますね。
種村:そうですね。機能を追求することは、もちろん大切だけど。時間を正確に測るだけではない、「人びとに輝きを与えるプロダクト」でなければ、意味がないとも思っています。そういう志でデザインを追求しないと、今のご時世、「時計なんかなくても困らないよね」という話になりかねませんから。
身につけた人に、何かの感動を与えていくこと。それが、私たちウオッチデザイナーの、困難でありながらも幸福な仕事だと考えています。みなさん、本日は本当にありがとうございました。