「真面目な会社」というイメージを変えろ!
檜林:エイプリルフール企画の話の前に、その前提となる話をさせてもらうと。数年前から社内で「もっと世の中にセイコーブランドの思いを発信していこう」という機運が高まっていたんです。
「真面目で堅い会社」だと思われがちなセイコーを、もっと遊び心があって、人をドキドキさせる会社にしたい。そんな思いで2016年、「既成概念にとらわれず、自由な発想でセイコーブランドに新風を吹き込む」目的で、デザイン統括部内に「KAZAANA」というプロジェクトチームが生まれました。その活動の一環として始まったのが、このエイプリルフール企画です。
みんなで色々とアイデアを出し合って、最終的に2017年のエイプリルフールネタに選んだのは「究極のダイバーズウオッチ『ツナ缶』デビュー!」というものです。このサイトの「異名を持つ時計たち。」でも紹介されてますが、「TUNA-CAN」という異名を持つダイバーズウオッチがあって、その事実をもとに発想したものです。
ただ「面白い」だけではなく、この企画で「セイコーのダイバーズウオッチのデザインの長い伝統や技術の高さ」も伝えていくことが狙いでした。この「TUNA-CAN」のデザインフォーマットは、1975年から脈々とセイコー内で受け継がれてきたものなのです。
このアイデア以外にも多くの案がありましたが、チーム以外のデザイナーや他部門の社員に「どれが面白いか?」とアンケートをとったりもして、最も明快で分かりやすいと判断して、この案に決めました。
この企画は4月1日で完結ではなく、その後、国内外で「TUNA-CAN」のアイデアを起点とした販促物が作られたりもしました。普段はあまり意識しないプロモーションの領域へも意識が向かい、デザイン統括部の視野が広がるキッカケにもなったと思います。
企画は予想以上に好評で、PRリサーチの調査で、エイプリルフールの「Webニュース記事掲載数1位」に選ばれました。思っていた以上の成果が出たと思います。そのこともあって社内的にも「2018年もエイプリルフール企画、当然やるんでしょ?」という空気になりました。なので2年目は、1年目よりやりやすかったですね。
2018年のお題は、スプリングドライブ搭載グランドセイコー。
檜林:2017年の時は、社内の説得が必要だったため、方向性が決まったのが1月。そこから時間がなく大変だったという反省もあり、2018年度に向けては、時間的に余裕を持って動き始めました。そして、早い段階でテーマを「スプリングドライブを搭載したグランドセイコー」に絞りました。
「スプリングドライブ」は、ぜんまい駆動でありながら、従来にはない日差1秒以内という高精度を実現した先進的な駆動機構です。その「スプリングドライブ」を搭載したグランドセイコーを、世界に打ち出していこうという会社の戦略もあり、そこに狙いを定めました。そのお題の中で、また各自がアイデアを持ち寄ったのですが、普段の仕事とは勝手が違うので、やはりなかなか難しい。郡山さんは、2017年のエイプリルフールから参加してますが、どうでした?
郡山:多くのメンバーで色んなアイデアを出していくので、考え方の幅を広げるために、他の人が考えないようなものを出していこう、という意識がありましたね。
檜林:確かに、前年からけっこう飛んだアイデアを持ってきていた印象があります。
郡山:2018年は、たとえば、ウオッチの本体がプリンになっている「ス『プリン』グドライブ」というアイデアなどを出していましたね(笑)。
檜林:吉田さんは、2017年度の企画には参加してなくて、2018年度の企画からの参加でしたが。
吉田:はい。楽しかった反面、やはりアイデアを出すのには苦労しました。
檜林:正直、メンバー全員が、そんな感じだったと思います。
吉田:頭を柔らかくして考える必要がありますよね。でも結果として、その経験が普段の仕事にも活かされていると思います。完成に近づいたデザインに、「もうちょっと遊び心を入れてみようかな?」という気持ちが湧いてきたりもするので。
檜林:チーム内でいろいろ議論して、最終的に2018年のエイプリルフールネタには「忍者専用ウオッチ」という企画を選びました。スプリングドライブの特徴の一つである「静音性」に注目した、「忍者の隠密行動のための時計」というアイデアでした。
檜林:「忍者専用ウオッチ」というアイデアが決まった後は、また全体のストーリーやメインビジュアル、プロダクトのディティールを詰めていくことになるのですが…。これも、なかなか大変でした。
広告的な業務は本職ではないし、プロダクトのデザインも、「ウオッチとしてこうあるべきだ」とか、「グランドセイコーっぽさを大切にしよう」とか、つい真面目になってしまいがちで。気がつけば実際に売っていそうなものになってきて。途中で「これじゃ中途半端かも?」と思い直して、実際にはありえない「本体を取り外して投げられる手裏剣ウオッチ」に落ち着きました。
とはいえ、やはりプロダクトの細部には「グランドセイコーの真髄」を感じさせたいと思いました。そのデザインの細部は、実際にグランドセイコーのデザインにも携わっている酒井を中心に進めました。
酒井:デザインのこだわりとして、たとえば、実際のグランドセイコーでも用いる「ヘアライン」と「鏡面」による面構成を意識してデザインしています。また、グランドセイコーのケースの仕上げには「ザラツ研磨」を用いるのですが、そのザラツ研磨で仕上げるという前提で、「ザラツ研磨で仕上げられる形状」にデザインしています。架空の商品なので、実際には「ザラツ研磨」はしないんですけどね。
檜林:架空とはいえ「人を傷つけるものは作らないように」という考えもあって、手裏剣だけど、実はかなりの安全設計なんですよね。
酒井:はい。よく見てもらうと分かりますが、実は手裏剣の先端は「面取り」されていて、尖ってはいないんです。
檜林:女性用の「くノ一モデル」もあります。手裏剣という明らかにウオッチとは形が違うものに、いかにダイヤを美しく配置するか、かなり試行錯誤しました。架空のウオッチということもあり、贅沢にダイヤを配置していて、実際に作ったら、すごく高価なものになると思います。
檜林:2018年はWEBムービーも制作して、それも多くの人に見てもらえました。そして、「メタルギア ソリッド」シリーズのアートディレクターとして有名な新川洋司氏に、忍者専用ウオッチをイメージしたイラストを制作してもらいました。直接アポイントを取ってプレゼンテーションさせて頂いたので、OKをもらえた時は本当にうれしかったです。いわゆる「時計好き」ではない人にも情報を拡散するという意味で、非常に効果的だったと思います。
檜林:このような活動を通して、「ウオッチデザイナーも、ただモノの形を作るだけでなく、ユーザーのことを想像してユーザーとの接点も含めてデザインすることが必要だ」と痛感しています。また「自由な発想」や「遊び心」を持つことで、結果的に世の中の人に楽しんで頂くことができ、セイコーブランドを好きになってもらえると思っています。
その一環として、エイプリルフール企画に限らず、今後もデザイン統括部のデザイナーたちの仕事の領域や、デザインの発想の幅を広げる活動を、どんどん続けていきたいと思っています。