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デザイナーが好きな時計って?|by Seiko watch design Vol.10

若き日に衝撃を受けたデジタルウオッチ。

今回は「デザイナーが好きな時計」がテーマということで。自分が関わった仕事の中で印象に残っているものと、それ以外で過去に大きな魅力を感じたウオッチデザインについて語りたいと思います。

私は学生時代、カーデザイナーに憧れていたのですが、縁あってウオッチケースなどを製造する会社に入り、ウオッチデザインの世界へ足を踏み入れることになりました。その入社2年目のころに発売された時計で、非常に大きな衝撃を受けたものがありますので、まずはそれを紹介したいと思います。

諏訪精工舎(現セイコーエプソン)の「LCクロノグラフ0634」というクオーツ式のデジタルウオッチです。1975年発売なので、セイコーが世界初のクオーツウオッチを販売してから数年後のこと。まだデジタル式のウオッチ自体に目新しさがある時代のプロダクトです。

若き日に出会ったデジタルウオッチ「LCクロノグラフ0634」。その機能とデザインに小杉氏は「圧倒的な未来」を感じたという。

何より素晴らしいのは、内側にあるムーブメントと、それを覆うケースの形状にまったく無理がないんです。板バネを使った防水構造になっているんですね。いま改めて見ると、そこまでスリムではなく、そこそこ分厚いんだけど。そんなことを超越してしまうほど「スマートな未来」を感じるデザインでした。

その凄さに圧倒されて、「これからは完全にデジタルの時代がやってくるんだ!」と思いましたね。まあ、40年以上の歳月を経た今、実際はまったく、そういうことにはなっていませんが(笑)。でもとにかく、このデザインには驚きました。

ガラス全体が横長の六角形になっていて、その中に横長の六角形をした3つの表示窓がある。そのデザインにこだわりを感じます。未来的でスタイリッシュだと思いました。側面ではなく、前面に堂々と置かれた2つのボタンの存在感もいいですよね。

小杉氏が憧れた「LCクロノグラフ0634」は、世界初の多機能デジタルウオッチとして発売。
高価格であるにもかかわらず、若者を中心に人気となったヒット商品だ。

ケースの正面・側面、バンド部分や、クロノグラフ機能のボタン。「すべてのデザインの完成度の高さに本当に驚かされました」(小杉氏)

30代で唸らされた、ジウジアーロのウオッチ。

そして、1983年に発売されて衝撃を受けたのが、セイコーがカーデザイン界の巨匠ジウジアーロとのコラボレーションで作った「スピードマスター」というウオッチ(品番SSBA028)です。

バンドに対して、液晶画面に表示される時刻などの数字が20度傾いているんです。これは、車やバイクを運転する時にハンドルを握った左手のウオッチを見やすいようにと設計されたとのことで、それを知ったときは「なるほど」と感動しましたね。

ジウジアーロがデザインした「スピードマスター」。この写真の状態では、
文字盤の数字が傾いているので、やや数字を見にくい状態になっているのだが…。

さらに斬新なのは、「ロータリースイッチ」を採用していて、ベゼルを回転させて、モードを切り替えることができるんです。バイク用のグローブをつけている人だと、小さなボタンは押しにくい。でも、ベゼルの回転はできるということです。

当時私は、このプロダクト製作が進んでいく様子を、割と近い場所で眺めていました。実際にこのウオッチデザインに関わっている社内の人たちを、羨ましいなと思って見てました。

このウオッチは1999年に復刻発売されて、実はその担当デザイナーは私でした。でも、初代のものと比べて、大きなムーブメントを使わなければならず、本家に近い印象に仕上げるために色々と苦労しました。

具体的には、ケースの裏ぶた部分から側面にかけて厚みを薄くすることで、見た目の印象を、オリジナル版の薄さに近づけようとしました。もちろん、まったく同じにはならないけど、復刻版として少しでも原型に近づけるように試行錯誤しました。

ご覧のように、この「スピードマスター」は、バイクのハンドルを握る左手につけると、液晶画面の数字がちょうど見やすい角度に収まるという仕組み。

オリジナル版(左)と、小杉氏が手がけた「復刻版」(右)。「ケース側面だけでも薄くすることで、少しでもオリジナル版の薄さに印象を近づけようとしました」(小杉氏)

自分が手がけたデザインで印象的なものは?

フリーランスになってからは、ウオッチデザインをメインとしつつ、時にはその他のジャンルのデザインにも関わりながら約10年。その後、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)に入社しました。これまで、自分が携わったウオッチデザインの中で印象的なものや、気に入っているものについても紹介したいと思います。

「グランドセイコー」のデザインには、かれこれ20年以上も携わっているので、やはり愛着がありますね。その中で特に気に入っているのを挙げるとすると、「クラシックライン」と呼ばれるシリーズの中の、この一本(品番SBGM221)になりますかね。好きな理由は、あまりセイコーっぽくないから。これ、「グランドセイコーらしからぬグランドセイコー」という気がするんですよ(笑)。

「ダイヤルも針の形状も略字も。いろんな部分がグランドセイコーの基本から、少しずつ外れている。
でも、やはりグランドセイコーらしさを保ってはいるんですよね(笑)」(小杉氏)

グランドセイコー「SBGM221」を身につける小杉氏。仕事中などでスーツ姿の時はグランドセイコーを身につけることが多いが、休日などはその限りではないという。

その対極として。自分がデザインしたグランドセイコーの中には「ベストベーシック」ともいうべき超正統派のグランドセイコー(品番SBGR251)もあります。1960年代に「セイコースタイル」というデザイン文法が確立されたのですが、これは、その当時の製造技術や設備をベースに、美しい仕上げと視認性の良いウオッチを作ることを目指していました。現在の「ベストベーシック」は、さらに進化した現代の技術を応用しながら、愛着を持って長く使っていただける、美しいウオッチを目指してデザインしています。

その「ベストベーシック」と比べると、やはり先ほどの「クラシックライン」は、ちょっと異色ではある。とはいえ、決して奇をてらったデザインではなく、ちゃんとグランドセイコーらしさを保っている。そんな絶妙なバランスのウオッチだと思っています。

これが「ベストベーシック」ともいうべきグランドセイコー(SBGR251)。グランドセイコーを
愛する人ならば、「確かに」と心から納得できる、王道的なデザインだといえるだろう。

長年受け継がれてきたグランドセイコーの「デザインコード」が、細部に至るまで息づいたウオッチ。あらゆるパーツへの、デザインのこだわりが凝縮されて、グランドセイコーは完成する。

こうやって「好きな時計」を並べてみると、細部のディティールにこだわった王道的なウオッチも好きだけど、その一方で、その技術やコンセプトが画期的なものに惹かれる部分もあるんですよね。これはもう、どちらのほうが凄いということではなく、それぞれに良さがあります。

これからも、王道的なデザインを究めていきつつも、技術的な新しさや遊び心に満ちたウオッチデザインも、まだまだたくさん、生み出していくことができればと思っています。

これまで数多くのウオッチをデザインしてきた小杉氏。だがしかし、さらなるデザインへの好奇心は尽きることがない。いま、彼の頭に浮かぶ、新たなデザインとは?