by Seiko watch design

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Archive Collection 7

確立されたスタイルを否定して
生まれた「新スタイルクロノグラフ」。

当時のセイコーのウオッチの価格としては非常識ともいえる小売価格約20万円。だが、そのクロノグラフの最も非常識な点はデザインだったと言えるだろう。担当者は当時セイコーエプソンのデザイナーだった佐藤紳二(現在セイコーウオッチ所属)。一般的なクロノグラフは、時刻表示用のメインダイヤルの中に、クロノグラフ用の小さなサブダイヤルがある。しかし彼は、それまでの常識を覆す、時刻表示ダイヤルとクロノグラフダイヤルを完全に独立させた「独立多眼式」を採用したのだ。

表示部分と、ボタンなどが配置された側面を、スジ目と鏡面にして仕上げに差をつけたのも、デザインのこだわりのひとつ。

2ヶ所のボタンは、瞬間帰零式のハートカムを採用している。プッシュ力が強いため、押しやすさを追求した。

「日本的であること」こそが
「真のグローバル」につながる。

ウオッチ本体の動きで自動的に発電および充電を行い、クオーツ時計を駆動させる機構=「キネティック」。その機構を持つクロノグラフの開発に着手した佐藤は、米国と欧州を巡り市場調査を行った。辿り着いた結論は「スイスの価値観ではなく、日本独自の価値観で戦う」こと。それこそが世界を魅了するという見立てだ。外国人は、我々日本の時計にスイスらしさは求めない。必要なのは「日本のオリジナリティやハイテク感」。そんな明確なる意志を指針として、デザインは進んだ。

「日本らしさ」と同時に追求したのが「正確な計器」としての佇まい。航空機のコックピットの計器などがデザインの参考にされた。

プロダクト開発当時のデザインスケッチ。ケース部分や、バンド部分に対して、その素材などのイメージが書き込まれている。

デザイン検証案の1つ。「独立多眼式」という大前提はあっても、そのデザインの可能性は無限。さまざまなデザイン案が検証された。

他部署との連携、試行錯誤。
ゼロからのムーブメント開発。

とはいえ、本当に「独立多眼式」という思い切った方向に進んでいいのか? 社内でも意見は割れた。企画や設計など他部署の担当者とともに社内での説得を進め、最終的には新たなスタイル「独立多眼式」を世界に示すことが、この製品の使命だと決定された。だが、その次に立ちはだかった大きな壁は、前例のない「独立多眼式用ムーブメント」の開発だった。設計チームの粘り強い研究と試行錯誤を経て1999年、ついに世界限定1000本でこの製品は発売された。

エンジニアの努力の結晶であるムーブメント。デザインはもちろん、妥協を許さない技術の追求で、この比類なき時計は世に送り出された。

「それぞれの針が持つ機能を明確にすること」と「視認性の高いレイアウトにすること」を至上命題としてデザインは進められた。

無駄な装飾を省くことで機能美を追求し、プロダクト細部の完成度にこだわった。

新スタイルとしての定着と進化。
独自の価値観。

限定1000本が即完売したこともあり、その後もセイコーは「独立多眼式クロノグラフ」を次々と世に送り出す。そこには当然ながらデザインの振り幅が存在するが、「日本の独自性を示す」という当初の哲学は貫かれている。「キネティック クロノグラフ」発売から20年以上が過ぎ、今では20万円以上の国産時計は決して珍しくない。その意味で、このプロダクトは「高付加価値で人を魅了する時代」への、セイコーの第一歩だったともいえそうだ。

SBXZ001(1999年2月発売)

SBVT001(1999年06月発売)

SBXZ003(1999年11月発売)

SBCG001(2000年7月発売)

SATX003(2001年6月発売)

SATX005(2002年2月発売)

SBCG003(2004年10月発売)

SLQ021JC(2006年9月発売)