新セイコー 5スポーツの「顔」を決める。
松榮:2019年9月にリブランディングが行われた、「セイコー 5(ファイブ)スポーツ」。商品企画や宣伝販促、製造など各部門の若手が中心となって進められたこのプロジェクトについて、今回はデザインチームから、メンバー各々の視点でお話したいと思います。
まず始めにプロジェクトスタートの時点で、ミレニアルズ世代(20代前半から30代後半)をターゲットとした商品展開を行う方針は決まっていたので、リブランディングに当たって、新セイコー 5スポーツの顔となるに相応しいデザインの方向性を探ることから取りかかりました。
チーム内ではセイコーのアーカイブなどから数多くのアイディアが出ました。中でも最も支持を集めたのが、セイコーのダイバーズウオッチで、ファンからは「BOY」の異名で世界的な人気を誇る「SKX」という品番のシリーズ(以下SKX)でした。長い歴史と独自の存在感を持つ、このシリーズのデザインを継承しつつ、そこに現代的な価値観を加え発展させることで、若者たちのニーズを捉えたブランドにしたいと考えました。目指したのは、「自分のスタイルを発信するアイテムとしての機械式ウオッチ」です。




コンセプトを実現するために、SKXの何を残し何を刷新していくのか、部門を超えてさまざまな議論がなされました。その中での最も大きな決断は、原点となったモデルの最大の特徴である「ダイバーズウオッチ仕様」という前提を見直すことでした。
制約から解き放つことで、新しい個性が生まれる。
松榮:セイコーウオッチでは厳格な社内規格があり、「ダイバーズウオッチ」と謳うためには、「防水性」や「耐衝撃性」、「暗所での視認性」など非常に多くの検査項目をクリアしている必要があるんです。議論を重ねた結果、その制約をはずすことになりました。
ダイバーズウオッチ由来の精悍なデザインは残しつつ、必ずしも海に潜る腕時計でなくて良い。ダイバーズウオッチを発展させる中で熟成された特徴的なデザインを活かしつつ、「現代のさまざまなスタイルに応じて変化し続ける」。このキーワードを共通言語として、プロジェクトメンバー内で意識の共有を行いました。
セイコーのダイバーズウオッチの多くには、ベゼルに円周を60分割した目盛りが刻まれています。これは回転ベゼルに示された数値で時間の測定をする「タイムプリセレクティング装置」によるもので、潜水中のダイバーの安全性を考慮するならば、必要不可欠なものです。
ですが、新セイコー 5スポーツを見てもらうと、デザイン的にベゼルまわりに軽やかさを表現したかったので意図的に20の位置までしか配置していません。検討する中では、目盛りをどの位置まで配置するかだけではなく、目盛りの形状を変えるか否かの議論もありました。
実はダイヤル上のインデックスも変えています。オリジナルはシンプルなプリント仕様でしたが、立体感を出すためにエンボス加工にアップデートして、奥行きを感じられる仕様にしました。また、搭載されているムーブメントは、SKXの上位機種であるムーブメントを搭載し、機能面でもアップデートを図っています。


松榮:新モデルの骨子が決まりつつある中で、「多様なスタイル」を表現するために指標として「Sports」「Suits」「Specialist」「Sense」「Street」という5つのスタイルを提案し、各スタイルに合わせたデザインを派生させていくアイディアが生まれました。このタイミングで複数の若手デザイナーに加わってもらい、アイディアにより広がりを持たせることになりました。合田さんも、そのタイミングで加入したメンバーの一人ですが、どうでしたか?
合田:こういった仕事の進め方をするのは初めてだったので、戸惑いもありました。アイディアを考えるにあたり、スポーツシーンの多様化と、そのニーズに応えられるデザインを意識しました。たとえば「野外フェスに行く人たち」をターゲットとして、アウトドア気分で身に着けられるウオッチを考えたりしました。




松榮:「ダイバーズウオッチ」という制約が外れたことによって、提案の自由度や解釈の幅がより広がったかもしれませんね。
合田:そうですね。自由度がありつつ、でも、大変なことも多かったです。私たちはアナログな機械式ウオッチが同世代の若者にも響くと確信しているのですが、実際はまだ手にした機会がない人も多い。どう表現すればその良さが伝わるのか。例えば「アコースティックという言い方をしたらどうだろう?」と考えたり、自分の考えを整理するために、詩のようなものを書いてみたりもしました(笑)。
松榮:「Suits」スタイルの中にあるこの時計(品番SRPD67K1/日本未発売)は、新セイコー 5スポーツの中でも、クラシカルな印象が際立つモデルです。今回のプロジェクトを通して、ミレニアルズの趣向を調べていくと80’s~90’sのテイストを持った、時代を超えて愛されるアイテムを好む人たちが予想以上に多いことも分かってきて。




合田:確かに、ヴィンテージ感や歴史があるものを好む若者が増えている印象はありますね。私自身も、そういう性質を持つものに惹かれますし。
松榮:このモデルをよく見ると、ダイヤルの色が外側にいくにつれ、日に焼けたようにだんだん濃くなっています。このグラデーションがクリーム色のルミブライトと相まって、よりクラシカルな雰囲気を漂わせています。
合田:メッシュバンドも含めて、懐かしいようで、でも新しい。そんなノスタルジックなデザインですよね。
自然や植物を愛する人たちに似合うウオッチとは?
松榮:伊東さんは参加してみて、どうでしたか?
伊東:同じく、手探りの状態でいろんなアイディアを出していきました。最終的に形になったのものだと「Sense」スタイルのモデルがあります(品番 SRPD77K1.SRPD85K1/日本未発売)。これは自然や植物に囲まれたライフスタイルをイメージしながら、デザインを発想したものです。「機械式ウオッチを身につける人」と「植物を育てることを楽しむ人」は、パーソナリティが重なるような気がして、そんな人たちに愛着を持ってもらえるウオッチを作りたいと思いました。




松榮:伊東さんは、実はこれまでウオッチ以外のデザインをされていたんですよね。ウオッチデザインをメインとしてきた立場からすると、ウオッチプロダクトに植物的な発想を持ってくることに意外性があって、提案を受けた際にとても驚かされました。
伊東:工業製品であるウオッチですが、色合いや仕上げの質感などで、金属であっても有機物のように感じられると良いなと思いました。ナイロンストラップの色合いにもこだわりを持って選んでいます。




合田:ウオッチなのに、心地良い湿度を感じるプロダクトだなと思いました。あと、伊東さん自身のイメージにもとても合っているなぁと。
伊東:実際、自分でも植物を育てていることもあって。打ち合せの時、アイディアと一緒に葉っぱや乾燥させた木の実を資料として持って行ったのを覚えています(笑)。
懐かしくもあり、新しさを感じるウオッチ。
松榮:今回のローンチでは、27種類(うち、国内では15種類を販売)のモデルをリリースしました。川村さんは、印象的なモデルはありますか?
川村:「Street」スタイルの中の、ダイヤルもインデックスもブラックのウオッチ(品番SBSA025)をデザインしました。これもセイコーのダイバーズウオッチ規格に則ると、視認性などがクリアできなくて実現不可能でしたね。もちろん、すべてブラックアウトさせてしまうと時計としての視認性をクリアできないので、最低限の視認性を確保しながら各部のカラー選択を行いました。




松榮:そもそも原型となったSKXの中に「BLACK BOY」という異名で呼ばれている、ダイヤルもベゼルも黒色のモデルがあるんですよね。
川村:はい、それを頭の片隅に置きつつ、さらなる黒さを追求しました。思い切って、インデックスまでブラックにしたのですが、その感じが今のTOKYOのストリートを表している様で良かったと思います。


松榮:今回のリブランディングでは、新たなロゴマークや店頭什器、商品タグにいたるまで吟味し、新セイコー 5スポーツの世界観やメッセージを作り上げて行きました。そのほとんどは若いメンバーが主導して進めていったので、ミレニアルズと呼ばれる同世代に共感してもらえるものになったと思っています。特にロゴについては、長年愛されてきた5マークを刷新するにあたり、多くの時間を費やしています。
従来の旧5ワッペンに敬意を払いつつ、新ロゴでは街角にあるタギング(スプレーペンキによるイラスト)のように誰でもマーカーやステンシルで再現できるロゴにしたかったんですよね。また、五角形のそれぞれのエッジが各スタイルを示しつつ、それぞれのカルチャーがセイコー 5スポーツを通して交わって欲しいという思いを込めました。それらを踏まえて、最終的にSports・Styleの頭文字である「S」とも「5」とも感じ取れるダブル・ミーニングのロゴとなっています。


松榮:新セイコー 5スポーツでは「5つのスタイル」を軸に提案していますが、人の数だけ多くのスタイルがあり、ひとりの人間が「複数のスタイル」をまとって生きている時代でもあると思っています。時代の移り変わりに
応じて、新セイコー 5スポーツがいろんな場面で「若者の個性を発信するアイテム」の一つとして定着していけば嬉しいですね。