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Vol.8 セイコー史上、最も謎めく緑の時計。 Vol.8 セイコー史上、最も謎めく緑の時計。

HomeStoriesVol.8 セイコー史上、最も謎めく緑の時計。

「すべての色に理由あり。」でも紹介した、緑色のダイヤルを持つ登山用ウオッチ「アルピニスト」。その歴史を紐解くと、「緑のアルピニスト」が発売されたのは1995年。そして、四半世紀近くの歳月を経た今でもその時計は「セイコーでは緑色のダイヤルのウオッチはあまり売れない」という定説を覆しながら、一定の売り上げを保ちつづけている。なんとも不思議なことである。そこで今回は、1995年に「緑のアルピニスト」を世に送り出した坂井重雄と、2006年にそのリニューアルを担当した葛谷育弘のふたりが、ふたつの「緑のアルピニスト」のデザイン的なこだわりと違いと、そのウオッチが「長く売れつづけている理由」について、個人的な見解をまじえながら語ります。(2018.10.03)

坂井重雄|Shigeo Sakai
1975年、第二精工舎(現セイコーインスツル)入社。フランス駐在などを経て、2017年よりセイコーウオッチへ出向。デザイン部で国内・海外向けのウオッチデザイン。1992年から開発デザインの部署へ。2001年からライセンスブランドの商品企画・マーケティングを担当。「AIR PRO」の産みの親としても社内で知られている。
葛谷育弘|Yasuhiro Kuzuya
1981年、第二精工舎(現セイコーインスツル)入社。入社より一貫してウオッチデザインに携わり、1998年の香港駐在などを経て、2015年よりセイコーウオッチへ出向。「TISSE」「DOLCE & EXCELINE」「LE GRAND SPORT」「Mechanical series 」など、幅広いウオッチデザインを手掛ける。現在は「PRESAGE」などの機械式ウオッチを担当。

定説を覆して売れる、緑のアルピニスト。

葛谷:「セイコーでは、緑のダイヤルのウオッチはあまり売れない」と、よく言われるんですが。この「緑のアルピニスト」だけは例外なようですね。
坂井:ええ。私がデザインを手がけた「緑のアルピニスト」の発売は1995年だから、今からもう、四半世紀ほど前のことになりますね。
葛谷:私がリニューアルを担当したのが2006年。そして、今でもこのウオッチは売れている。広告を打っているわけでもないのに。

坂井:不思議ですね。私がアルピニストをデザインした時に、緑だけではなく「黒ダイヤル」と「ベージュダイヤル」も作りました。メタルバンドに合う色として「黒色」と「ベージュ色」を選んで、クロコダイルのバンドに合う色として「緑色」を選んだ。
葛谷:私がリニューアルする時にも、同じく「黒ダイヤル」「ベージュダイヤル」「緑ダイヤル」を作りましたが、どういうわけか、テッパンの黒とベージュは消えて、現在は「緑」だけが残っている。それだけ「魅力的な緑だった」ということでしょうか?

酒井版アルピニスト(1995年)と葛谷版アルピニスト(2006年)の写真
坂井が手がけたアルピニストと、葛谷が手がけたアルピニスト。似ているようだが、その相違点も数多い。
酒井版アルピニスト(1995年)の写真
葛谷版アルピニスト(2006年)の写真
坂井が手がけたアルピニストと、葛谷が手がけたアルピニスト。似ているようだが、その相違点も数多い。

坂井:「どんな緑にするか?」には、こだわりましたね。いわゆるオリーブグリーンや、ミリタリー系の緑という選択肢もあったけど、そうはしませんでした。実は当時、私の乗っていたクルマの車体が「アーモンドグリーン」と呼ばれる、濃くて渋い緑色をしていて。そんな味わい深い色のダイヤルにしたいと思ったんです。
葛谷:私はフライフィッシングに凝っていたことがあるんですが。とある英国の釣り具メーカーのロゴも、こんな色なんですよね。だから、私はこの色から「フライフィッシングの気分」を感じます。単純に「山だから緑色」ということじゃなくて、この独特な緑からは、英国の文化を感じます。
坂井:そうですね。スポーツカーとか、フィッシングとか、或いはハンティングとかの「優雅なる英国紳士のスポーツ」の雰囲気。それが、エレガントさにつながっている。

ミニローバーのイラストと坂井版アルピニストのイラスト
「アーモンドグリーン」と呼ばれていたミニローバーの車体の色にインスパイアされて、ダイヤルの色を選定。それも、デザインから立ちのぼる「英国っぽさ」の原因のひとつかも?
ミニローバーのイラスト
坂井版アルピニストのイラスト
「アーモンドグリーン」と呼ばれていたミニローバーの車体の色にインスパイアされて、ダイヤルの色を選定。それも、デザインから立ちのぼる「英国っぽさ」の原因のひとつかも?
ハンティングの服装に坂井版アルピニストを着けている腕の写真
坂井版アルピニスト。ハンティングに興じる英国紳士の服装になじむエレガントなデザインだ。
ハンティングの服装に坂井版アルピニストを着けている腕の写真
坂井版アルピニスト。ハンティングに興じる英国紳士の服装になじむエレガントなデザインだ。
フライフィッシングの服装に葛谷版版アルピニストを着けている腕の写真
葛谷版アルピニスト。クラシカルな竹製のロッドが握られた手に巻かれると、本当によく似合う。
フライフィッシングの服装に葛谷版版アルピニストを着けている腕の写真
葛谷版アルピニスト。クラシカルな竹製のロッドが握られた手に巻かれると、本当によく似合う。

検証。「坂井版」と「葛谷版」では、ここが違う。

坂井:ふたりのアルピニストを比べると、細かいところで色々と違いますよね。まず、ムーブメントが違う。私が使用したのは「4S」という機械式ムーブメントで。
葛谷:当時の日本はクオーツが全盛で、機械式ウオッチはややマイナーな存在でしたよね? そんな中、クオーツウオッチだけではなく「機械式ウオッチの魅力」を打ち出したいという思いがあって、その時に出たムーブメントが「4S」。
坂井:ええ。で、「どんなウオッチを作ろうか?」と悩んでいたある日、1960年代に販売された「アルピニスト」というウオッチに興味を持った。そう、セイコーは1960年代にも「アルピニスト」という登山用の時計ウオッチを作ってたんです。緑色ではなかったけどね。そこで自分も「アルピニスト」という登山用ウオッチを作ることにした。ロゴマークが魅力的だったので、それはそのまま使うことにして…。

葛谷:モデルの評判もすごく良かったのに、販売期間は、短かったんですよね?
坂井:そうなんです。で、その後、販売終了の後に、ウオッチマニアの間でこのウオッチが高値で取引されるようになった。大量生産することが難しい4Sムーブメントを採用したウオッチで、販売期間も短かったから希少価値が出たようです。
葛谷:私の時に使ったのは「6R」というムーブメント。これも機械式だけど、サイズが「4S」より大きい。更にサイズのトレンドの変化もあって、ウオッチサイズ自体もひとまわり大きくしました。それを踏まえて、私は時と分のデザインバランスを変えたんです。ダイヤルが大きくなることで、この時計の持ち味である「エレガントさ」が弱まってしまい、バランスが崩れると思いました。そこで時と分のデザインを変えて、エレガントさを残そうとした。

坂井版アルピニスト「4S」のイラスト
坂井版アルピニストのムーブメント。「4S15」という小型でありつつ高性能な機械式ムーブメントを使用した。
坂井版アルピニスト「4S」のイラスト
坂井版アルピニストのムーブメント。「4S15」という小型でありつつ高性能な機械式ムーブメントを使用した。
葛谷版アルピニスト「6R」のイラスト
葛谷版アルピニストのムーブメント。こちらの機械式ムーブメント「6R15」は、4Sよりもサイズがちょっと大きい。
葛谷版アルピニスト「6R」のイラスト
葛谷版アルピニストのムーブメント。こちらの機械式ムーブメント「6R15」は、4Sよりもサイズがちょっと大きい。

坂井:その他の違いとしては、私の時は本体のガラスは「無機ガラス」を使っていました。
葛谷:ですが、リニューアル時には、より耐久性を高めるために「サファイヤガラス」に変えました。あと、ムーブメントを変えたことによってカレンダーが大きくなったので、数字を拡大するレンズを無くしました。それと、ダイヤルからアルピニストのロゴを外すことになって。
坂井バンドを取り付ける「エンドピース」の形状も違うんですよね。私は当時、ウオッチにある程度の「厚み」が感じられるように、「奥行き」を意識してデザインしました。「6R」版では、時計が実際に少し分厚くなったから、「厚みを感じるデザイン」が不要になったってことですかね?
葛谷:はい、そうなんです。そしてダイヤルアラビア数字も、よく見ると微妙に違います。これは当時、坂井さんのアルピニストを見ながら、私ができるだけ似たアラビア数字の書体を作ったんですよ(笑)。

坂井版/葛谷版のアルピニストの比較。側面写真、カレンダーの拡大写真。バンドを取り付ける「エンドピース」の写真。ダイヤルの写真
エンドピースの形状、カレンダー部分、ダイヤルの文字など。細かく見つめていけば、2つのアルピニストの、さまざまな違いが見えてくる。
坂井版/葛谷版のアルピニストの比較。側面写真、カレンダーの拡大写真。バンドを取り付ける「エンドピース」の写真。ダイヤルの写真
エンドピースの形状、カレンダー部分、ダイヤルの文字など。細かく見つめていけば、2つのアルピニストの、さまざまな違いが見えてくる。

考察。「緑のアルピニスト」が売れる理由って?

坂井:アルピニストの人気の理由の一つは、性能でしょうね。この値段で「20気圧防水」「自動巻き」。コストパフォーマンスに優れたウオッチ。そして、やはりデザイン。「エレガント」と「精度感」の両立。茶色いベルトと、緑のダイヤルと、金のインデックス。この3要素バランスが、とても良かったからだと思っています。
葛谷:「緑のダイヤル」が残った理由ですが、やはりこのウオッチは「自然を愛する人たち」に好まれているからだと思うんです。「アウトドアの時につける」とは限らないけど、いつも腕に「自然の雰囲気」を感じていたい。そんな思いに応えてくれるウオッチ。しかも、スーツの時に身につけてもよく似合うデザインです。

坂井:温もりのある独特な緑色ですよね。そして、電池不要でそのまま動き続ける。「永続性」を感じさせてくれる時計。そこへの共感もあるかと。
葛谷:そう、機械式ウオッチだということが、アルピニストらしさですね。正確さでいうと、クオーツウオッチのほうが優れている。時刻合わせや、ゼンマイの巻き上げに気を遣う機械式ウオッチは、取り扱いが面倒だとも言えます。でも、その「手間がかかるけど楽しい」って感覚がアウトドア志向と重なる。自然と向き合うように、機械式ウオッチと向き合うみたいな。

坂井:いずれにしても、人気が長く続いているのは、デザイナー冥利に尽きますね。
葛谷:このウオッチの継続については社内でもいろいろな意見があったりするのですが、廃番にしようとするとなぜかお客様のリクエストが増えてきて…。それを何度も繰り返して現在に至る(笑)。なんとも不思議なウオッチがこの緑のアルピニストなんです。

英国紳士の服装の坂井の写真
英国紳士の服装の葛谷の写真
「アルピニストが、再びリニューアルされる日は来るのか?」「変えるとしたら、どこを変える?」この時計に関する、ふたりのデザイナーの会話は尽きない。
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