
(中)久保進一郎|Shinichiro Kubo 1999年、セイコー(現セイコーウオッチ)入社。Seiko Seedでは「専用すぎる腕時計展」を監修。現在はグランドセイコーデザインディレクターを務める。
(右)鎌田淳一|Junichi Kamata 1996年、セイコー電子工業(現セイコーインスツル)入社。現セイコーウオッチ所属。Seiko Seedでは「専用すぎる腕時計展2」を監修。現在はデザインディレクターを務める。

13年の時を経て、歴史あるプロジェクトの復活。
鎌田:パワーデザインプロジェクトの活動を最後に行ったのは、2009年でしたから、13年ぶりの復活ですか。
半田:当初は、Seiko Seedの中で「デザイン展をやろう」ということだけは決まっていたものの、パワーデザインプロジェクトとして行うかどうかについては議論がありました。このプロジェクトをどのくらいの人が覚えてくださっているかわからなかったですから。ただ、長く続いた歴史あるプロジェクトですし、開催意義やコンセプトは引き継いでいくべきと考え、パワーデザインプロジェクトの復活という形で実施することになりました。




久保:コンセプトの「未来にパワーを与える実験場」とか「デザインの教育や発想の訓練をする場」という考え方は変えませんでした。ただし、復活するにあたっては、これまでのように外部クリエイターをお招きするのではなく、すべて社内で完結させたんですよね。
半田:はい。その第1回目は「REBIRTH」、第2回は「専用すぎる腕時計展」、第3回はその続編「専用すぎる腕時計展2」でしたが、どの企画展もかなり反響がありました。
実験的アイデアを、実機にすることの壁。#REBIRTH


半田:私が担当した企画テーマ「REBIRTH<転生>」は、セイコーの長い歴史の中で生まれた特徴的なプロダクトや技術を、現代的な思考で転生させるとどうなるか?という企画です。ほかにも企画の候補が出ていた中で、このテーマが一番パワーデザインプロジェクトの趣旨に合っていると思いました。
鎌田:本来腕時計が持っている強みを再発見し、自分なりに咀嚼し、現代の価値観にあてはめるというのはかなり難易度の高いことでもありますが、デザイナーにとっては歴史的な過去のモデルに向き合えるいい機会でもありますね。


久保:デザイナーにテーマを発表したときの反応は、どうでしたか?
半田:この回から、実際に動く「実機」としての腕時計をつくるというルールを設けたので、テーマの内容よりもそのことに対する驚きと戸惑いが大きかったように思います。
鎌田:過去のパワーデザインプロジェクトはサンプルとしての製作だったので、動かす必要がなかったですもんね。
半田:そうなんです。でも、展示期間の2022年当時はまだ新型コロナウイルス感染症の影響もあり、会場に来ていただくハードルがこれまでより高くなっていた気がします。そのため、会場で実際に動いているウオッチに触れられる、腕に着けられるといった、わざわざ行ってみたいと思っていただけるような魅力や価値を提供することが重要だと感じていました。


久保:「展示の腕時計にはお手を触れないでください」、とすればどんなに壊れやすいものもデザインすることはできますからね。この時はお客さまが手に着けたりボタンを押したりといったことに耐えうるものをつくらなければならなかったので、ハードルが格段に上がりましたね。
鎌田:その壁を乗り越えた腕時計たちの中で、特に人気だったものはどれでした?
半田:展覧会の顔にもなっている「Radiant Time」という腕時計でした。ザラツ研磨の超絶技巧について説明を聞きながら、その場でキラキラと輝く実物を触ったり間近で眺めたりといった、まさに会場でしか味わえない感動が特に人気を集めていた理由のひとつかなと思います。


たったひとつの用途に、デザイナーの個性がどうしようもなく表れる。#専用すぎる腕時計展


半田:「専用すぎる腕時計展」の企画はどのように決まったのですか?
久保:いまの時代って、ひとつのアイテムに多くの機能が付いたもので溢れていますよね。
半田:スマートウオッチなどがまさにそうですね。
久保:ええ。それに比べて我々が扱う腕時計は、言ってみれば、時刻を確認する以外にほとんど機能がない。であればそれを逆手に取って、もっと「これしかできない」ということを全面に打ち出してもいいんじゃないか、というところからスタートしました。


久保:なんでもできると、どうしても気持ちを入れづらくなると思います。逆に単機能だと、そこに熱狂的に愛情を注ぎ込める。例えば、大工さんの金槌は、釘を打つ以外に使えませんよね。だけど、仕事が終わったらそれらの道具をひとつひとつ丁寧に磨いて帰る。そういうのもひとつの愛情の持ち方だと思うんです。
鎌田:そこから、あるひとつの使い方に特化した「専用すぎる」腕時計の企画になったんですね。
久保:デザイナーに伝えたのは、「突き抜けたアイデア大歓迎!」ということでした。通常業務では細かなねらいがあって商品をデザインします。良くも悪くもその思考の癖がついていますから、「こんなものを出して大丈夫かなあ」と不安になるようなアイデアであっても合格です!と。その代わり、フルスイングじゃないとだめです、ということは強調しました。
半田:ユニークなアイデアがたくさん出てきましたよね。何案ぐらい集まったんでしたっけ?
久保:46案が集まりました。実は、そのとき惜しくも選ばれなかった案が、次の「専用すぎる腕時計展2」で復活しているんですよね?
鎌田:そうなんです。アイデアのベースはほぼ同じなんですけど、諦めずにブラッシュアップして出してくるデザイナーも何名かいて、執念のようなものを感じました。
久保:私はデザイナーにとって大事なことは、「強烈な意志と個性」だと思っているんです。それがこういった奇抜なテーマのときは特に発揮されますし、その表れ方がデザインの良し悪しにも関わってくる気がしています。


久保:例えば「マスキングテープウオッチ」は、マスキングテープ好きが何を求めているかをデザイナー本人が熟知しているからこそ、あの形になったんです。ほかにもひとつひとつ見ていくと、どの案もデザイナー個人の思考が具現化されている感じがして、「この人ってこういう考え方をするんだ」というのが見えてくる。それはすごくおもしろい気づきでした。


テーマ起点か、やりたいこと起点か。#専用すぎる腕時計展2


鎌田:大盛況だった「専用すぎる腕時計展」が終わり、パワーデザインプロジェクトの3回目として何を行うかを検討した結果、その続編をやることに決まりました。ただ、やはりこれまでとの違いは打ち出さなければならない。そこで、「専用すぎる腕時計展2」ではそのターゲットを人間だけでなく、ファンタジックなものにまで広げてみようと試みました。
半田:サンタクロース専用とか、ヴァンパイア専用とかがそうですね?
鎌田:その通りです。来場者には海外からのお客さまも多いことがわかっていましたので、世界共通認識のターゲットを設定してもおもしろいだろうと思ったのです。


久保:ここで、前回落選した案がブラッシュアップして再登場するわけですね。
鎌田:ライフワークとしてやりたいことを明確に持っているデザイナーもいるんですよ。通常は与えられたテーマを基にアイデアを考えていくのですが、もともと自分がやりたいと思っていたことをどうテーマに落とし込んでいくかという逆の思考をしているところが興味深いですよね。


鎌田:前回に続き案が採用されたデザイナーが何人かいるのですが、おもしろいことに、前回も来場されたお客さまがそのデザイナーの手がけたウオッチがどれかを当てるという現象も起きました。それくらい個性が明確に現れているんだなと、私たち自身も驚きました。
半田:それはびっくりですね。何よりそのお客さまもすごい!
鎌田:残念ながら落選してしまったものの記憶に残っている案に、「けん玉好き専用腕時計」がありました。その名の通りけん玉がついていて遊べる腕時計なのですが、耐衝撃性などの面で基準をクリアすることができず、採用には至りませんでした。
半田:アイデアが優れていても、実機として成立させられなければ選ばれない。そこが、過去のパワーデザインプロジェクトとの大きな違いですよね。
久保:しかし、大の大人が集まってけん玉専用腕時計について、「本当におもしろいか」「腕時計として成り立つか」などを真剣に検討していたのは、いま考えるとちょっと愉快な光景でしたね。
パワーデザインプロジェクトのこれから。


鎌田:Seiko Seedの活動は、今後おそらく「からくりの森」と「パワーデザインプロジェクト」が主軸になっていきそうですね。
久保:これまでの時計の展覧会って、時計好きな人にしか響かなかったと思うんです。それが、時計に興味がなかった人たちにも来場いただけた。そこが一番のうれしいポイントでしたね。
半田:展示期間中にワークショップも開いて、手を動かしていただく時間をつくったのもよかったですね。セイコーとしても、子どもたちに「時」の大切さを学んでもらう「時育」活動のように、体験を通して腕時計の魅力を伝えていくことを引き続き大事にしていきたいですね。
鎌田:Seiko Seedで行った活動のいくつかは海外巡回もしています。海外のお客さまにも、直接腕時計に触れて魅力に気づいていただけるような体験の場をつくっていけたらと思います。
半田:パワーデザインプロジェクトが、国内だけでなく海外にも広がっていくことを期待しています。楽しみです。
Seiko Seedの活動は今後も続きます。どうぞご期待ください。