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Vol.14 ミラノデザインウィーク2019

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アーティストとの対話から見えた気づき。

郡山:展示物を制作したwe+さんと時間を共にして、現地で作品に関する話をしたり、気になったことを質問したり。そんな中から、「あ、そういうことか」と気づかされることも多かったですね。

吉田:先ほど、「壮大な宇宙空間に身を委ねているような気分だった」と言いましたが、それは we+さんの狙いどおりだったそうで。スプリングドライブの機構がミクロコスモスと例えられている、ということを意識して発想を広げたとおっしゃっていました。暗闇の中でゆったりと動く光の演出や、柔らかな曲線で形造られたガラスオブジェによって小宇宙を象徴的に作り上げているんですよね。

郡山:私は、グランドセイコーが提示した「移ろいゆく時と、その永続性」というテーマから、「どのようにこの作品を作るに至ったんだろう?」と制作工程が気になって、その点を質問させて頂きました。we+さんは最初、「時の本質とは何か?」という議論を重ねていき、その中で、「精緻さだけではなく、一人一人が感じる移ろいと儚さがあるのでは?」との考えに至ったそうなんです。

吉田:楽しいときや集中しているときは、あっという間に時間が過ぎ去ってしまうけれど、逆に時間が遅く感じられることもある。人の状況や環境によって伸び縮みするのも「時」の一つの側面だ、とおっしゃっていましたね。

郡山:それを表現するために、明るさが徐々に変化する発光素材を使いたい、と当初から思われていたそうで。インスタレーションに落とし込むまでには、いろいろなアプローチを考え、何度も実験を重ねていくうちに液体表現にたどり着いたと伺いました。実際に日本での実験場を見せて頂いたのですが、誰も見たことがない「時の移ろい」を光で表現するために、独自に素材や装置をゼロから開発されていました。水流の変化や発光流体なども全て計算しながら、最も効果的なものを探していく…。その工程の複雑さ、実験の果てしなさと、より良いものを追求する姿勢に本当に感動しました。

「FLUX」のインスタレーションの前に並ぶ4人の写真。吉田、we+(安藤北斗氏・林登志也氏)、郡山。
「FLUX」のインスタレーションの前に並ぶ4人。左から吉田、we+(安藤北斗氏・林登志也氏)、郡山。
「FLUX」のインスタレーションの前に並ぶ4人の写真。吉田、we+(安藤北斗氏・林登志也氏)、郡山。
「FLUX」のインスタレーションの前に並ぶ4人。左から吉田、we+(安藤北斗氏・林登志也氏)、郡山。

吉田:お話をする中で印象的だったのが「原体験の共有」という言葉でした。子供の頃に見た情景や五感で感じたこと、あるいは身の回りにある現象や素材を制作に活かすことで見てくださる方々に共感していただける作品作りを意識されているそうです。今回の場合、誰しもが水面に波紋を作ったり、瓶の中に砂を入れて遊んだ経験があると思いますが、その原体験があるからこそ、作品をより身近なものとして理解してくださり、感動へつながったのではないでしょうか。

郡山:それから、私は「目置き(めおき)」という言葉も印象に残っていますね。噴水や焚き火のようにずっと見ていられるもののことを指す造語だそうなんです。目置きできる作品を作ることは、「情報やモノであふれた現代社会でふと立ち止まって、ゆっくりと自分と向き合ったり、モノや社会との関係を考えるきっかけを提供できる、意義のあること」とおっしゃっていて。私たちは普段、時計というモノのデザインを中心に行っていますが、今回全く違った感覚でのモノづくりがあることを直に感じることができて本当によかったと思います。

来場の方々の心の動きを、肌で感じる。

郡山:ミラノを訪れる前から、デザインウィークで作品を発表することの意義を理屈では理解していましたが、現地で自分がその作品に触れて、来場の方々の反応などを見ていると、「やはり、この場で作品を発表することに大きな意義があるんだな」と実感しました。

吉田:会場では「FLUX」の発光流体による時の流れの表現について、「波紋を映像投影して表現するのではなく、リアルな物質で表現しているのが良い!」という声を耳にしました。プロジェクションマッピングが普及した現在の世の中で、その手法を使っていないアナログ表現が、逆に新鮮だったみたいです。一方、アナログだからこその苦労もあって、時間の経過によって発光流体の粘度が変化すると波紋のスピードが変わるので、会場ではその細かい調整が大変だったようです。

郡山:「これが本当に時計の部品なのか!」「こんなに部品は美しいのか!」という声も多かったですね。ウオッチメーカーで働く人間としては、それは単純に嬉しかったですね。

吉田:その感想は僕も耳にしました。僕たちが想像していた以上に「美しい!」と感じてもらえて誇らしかったです。

発光流体の上で、花のように仕立てられた「スプリングドライブのパーツ」の写真
一輪の花のように美しく存在感を示す「スプリングドライブのパーツ」。
発光流体の上で、花のように仕立てられた「スプリングドライブのパーツ」の写真
一輪の花のように美しく存在感を示す「スプリングドライブのパーツ」。
ガラスの中に「スプリングドライブのパーツ」が入っている、FLUXの「オブジェ」の写真
「オブジェ」に閉じ込められたパーツも、どこかしら神聖な美しさを感じさせる。
ガラスの中に「スプリングドライブのパーツ」が入っている、FLUXの「オブジェ」の写真
「オブジェ」に閉じ込められたパーツも、どこかしら神聖な美しさを感じさせる。

他社展示からの刺激と、未来への思い。

郡山:グランドセイコーの展示会場での立会いの合間をぬって、他の企業やデザイナーの展示会場にもできるだけ足を伸ばして、いろいろな作品を見ました。そこから非常に大きな刺激を受けましたね。

吉田:他社の展示では、感性を刺激される展示が非常に多かったです。その中でも大きくは2つの方向性があるように感じました。1つ目はその企業やブランドが持つ「独自の技術を活用し、感性価値に訴える」もの。2つ目は技術というより「ブランドの持つ世界観」で人を惹きつけるもの。

郡山:そうですね。1つ目の「独自の技術を活用し、感性価値に訴える」展示は、比較的、日本企業の展示に多かった気がします。2つ目の「ブランドの世界観」で魅せる展示はファッション系などのラグジュアリーブランドに多かった印象です。グランドセイコーは、どちらかというと2つ目の「ブランドの世界観」で魅せる方向だったかなと思います。

吉田:「独自の技術を活用し、感性価値に訴える」展示では、「LEXUS」のインスタレーションは人気が高くて、とても迫力がありました。暗い空間の中で次々と放たれる光が舞台に立体感を与えて、そこで人間(ダンサー)の動きに合わせて自動走行のロボットたちも自由自在に動きだす。テクノロジー感がありつつ、右脳も刺激する作品でした。

LEXUSが展示した「LEADING WITH LIGHT」という表題のインスタレーションの写真
LEXUSが展示した「LEADING WITH LIGHT」という表題のインスタレーション。コラボレーションデザイナーとしてアーティスト集団である「Rhizomatiks」が参加した。
LEXUSが展示した「LEADING WITH LIGHT」という表題のインスタレーションの写真
LEXUSが展示した「LEADING WITH LIGHT」という表題のインスタレーション。コラボレーションデザイナーとしてアーティスト集団である「Rhizomatiks」が参加した。
LEXUSのインスタレーションを体験する吉田と郡山の写真
「常に人を中心(Human-Centered)としたデザイン」という思想で、光というテクノロジーの限りない可能性を追求して生まれたインスタレーションだという。
LEXUSのインスタレーションを体験する吉田と郡山の写真
「常に人を中心(Human-Centered)としたデザイン」という思想で、光というテクノロジーの限りない可能性を追求して生まれたインスタレーションだという。

郡山:「ソニー」の展示は5つのインタラクションから構成され、ロボティクスの成長と来場者の関係性の変化を体感出来るもので、そこには「愛着」を感じる工夫が多くあったと思います。展示用のaiboは感情がグラフィックスとして表現されていて、技術を駆使して「愛らしい」「愛おしい」といった情緒的な感性訴求ができるのはソニーならではだと感じました。

展示されたaiboの写真
今回の展示でソニーが掲げたテーマは「Affinity in Autonomy〈共生するロボティクス〉」。人とロボティクスの関係性についての新しいビジョンが提案された。
展示されたaiboの写真
今回の展示でソニーが掲げたテーマは「Affinity in Autonomy〈共生するロボティクス〉」。人とロボティクスの関係性についての新しいビジョンが提案された。
ソニーのインスタレーションを体験する吉田と郡山の写真
「生命感をそなえたロボティクスとの共生」や、「それぞれに異なった個性をもつ球体のロボティクス」を、ソニーの強みの技術を駆使して展示。
ソニーのインスタレーションを体験する吉田と郡山の写真
「生命感をそなえたロボティクスとの共生」や、「それぞれに異なった個性をもつ球体のロボティクス」を、ソニーの強みの技術を駆使して展示。

吉田:LEXUSやソニーとは方向性が少し異なりますが、ドアハンドルメーカーの「UNION」の展示にも興味を惹かれました。さまざまや素材や製法で多様なハンドルを作るUNIONですが、古代から存在している「砂型鋳造」という原始的な鋳造方法に光を当てていて。目の前でプロダクトが生まれる過程を見ることが出来て非常に面白かったです。

ミラノデザインウィークの懸垂幕の写真
UNIONは、パリを拠点に活動する建築家・田根剛と、インスタレーション「One Design – One Handle」を展示。もともと工場であった建物が、その展示会場に選ばれた。
ミラノデザインウィークの懸垂幕の写真
UNIONは、パリを拠点に活動する建築家・田根剛と、インスタレーション「One Design – One Handle」を展示。もともと工場であった建物が、その展示会場に選ばれた。
砂型鋳造の道具を見る吉田の写真
タイトルの「One Design – One Handle」が示すように、ひとつのデザインからひとつのハンドル製造を可能にする「砂型鋳造」の技術にフォーカスして展示が行われた。
砂型鋳造の道具を見る吉田の写真
タイトルの「One Design – One Handle」が示すように、ひとつのデザインからひとつのハンドル製造を可能にする「砂型鋳造」の技術にフォーカスして展示が行われた。

郡山:「ラグジュアリーブランド」と呼ばれるようなファッション系企業の展示は飾られているコレクションの魅力はもちろん、展示している場所や展示方法まで徹底されていて、いかにブランドの価値を魅力的に伝えるか、というこだわりをひしひしと感じました。「Louis Vuitton」はまさにそれを体現していて、ブランドの世界観に浸るという贅沢な時間を味わうことができました。ブランドの価値を訴求する際のヒントが多くあったと思います。

宮殿「パラッツォ・セルベローニ」の室内の写真
「Louis Vuitton」は17世紀に建設された宮殿「パラッツォ・セルベローニ」を会場に選び、「旅」をテーマに華やかさと遊び心に満ちたインテリアコレクションを展示していた。
宮殿「パラッツォ・セルベローニ」の室内の写真
「Louis Vuitton」は17世紀に建設された宮殿「パラッツォ・セルベローニ」を会場に選び、「旅」をテーマに華やかさと遊び心に満ちたインテリアコレクションを展示していた。

吉田:期間中、注目を集めていたブランドの多くは長年にわたり参加している企業でした。そしてそのほとんどが一貫したテーマで展示を行っています。グランドセイコーの出展は今年で2回目ですが、ブランド価値の発信を長く続けていくことは、より多くの人の心を掴むために必要だと感じました。

郡山:機能やデザイン性など、プロダクト自体の魅力を高めていくことはもちろんですが、今回の「ミラノデザインウィーク」に限らず、製品の魅力をどんな場所で、誰に向けて、いかに伝えていくか?という視点は、ますます重要になっていくと思います。

吉田:プロダクトデザイナーだから製品のカタチを考えることだけが仕事、ということじゃなくて、その外側にある世界観も含めてデザインを考えていくことが必要ですよね。世の中の人たちを惹きつける「良いプロダクト」とは、要するに「良い空気感を持ったプロダクト」ということでもあると思うので。

「ミラノ大聖堂」の前の広場に立つ吉田と郡山の写真
「ミラノ大聖堂」の前の広場に立つ吉田と郡山。世界のデザインの中心ともいえる場所で、未来のウオッチデザインへの思いをめぐらせる。
「ミラノ大聖堂」の前の広場に立つ吉田と郡山の写真
「ミラノ大聖堂」の前の広場に立つ吉田と郡山。世界のデザインの中心ともいえる場所で、未来のウオッチデザインへの思いをめぐらせる。
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