文字盤に、あの日の「雪の質感」を表現したかった。
数年前にデザインを担当した、とあるグランドセイコー(GS SBGA211)の話をしたいと思います。この時、文字盤で表現したかったのは古い記憶の中にある、とある雪の質感でした。それは、降って間もないフワフワした新雪ではなく、雪国に住んでいた幼少時代、祖父に連れられて外へ出たときに見た、積雪から時を経て吹き付ける強い風により風紋が刻まれたザラザラした雪でした。
当時はその雪をすごく美しいとは思わなかったけど、大人になるにつれ、そういう表情を持った雪に惹かれるようになり。そして、遠い記憶の中にある、その美しい雪の質感を再現したいと思ったんです。
技術者との試行錯誤を繰り返したものの、なかなか理想的な質感にはならなくて。最終的にたどり着いたのが、リューターという器具で細かく削ることでテクスチャを作り、更に表面に加工を施して雪の質感を作り上げることでした。
その凹凸は、0.04ミリとかそういうレベル。「虫の視点でのデザイン」というテーマに沿って言うならば、「虫の目で見た大雪原」という感じでしょうか。
人間の目で見るとわかりにくいけど、凝視すれば確かにそうなっている。それはもう、「見える」と「見えない」のギリギリの世界かもしれません。でも、その虫の視点による「細部へのこだわり」こそが、きっと身につける人の感性に響くと思うんです。
この時計の秒針は鮮やかな青色をしています。視認性のためというのもあるのですが、実はもうひとつ、そこに込めた思いがあります。先ほど話した、遠い記憶の中の風紋を帯びた美しい雪。その上空に広がっていた、僕が生まれ育った雪国の青空とイメージを重ね合わせてデザインしました。すべての製品がそうではありませんが、デザイナーとして、時にはこういった「パーソナルな感情」をプロダクトに込めることもあるんですよね。