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Vol.13 高級ウオッチの世界。 Vol.13 高級ウオッチの世界。

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セイコーウオッチが世に送り出す、さまざまなウオッチたち。その中には数万円で手に入れられるものもあれば、数百万円という価格帯で販売されている高級ウオッチも存在している。そして、その「高級ウオッチ」というカテゴリーには、やはり独自のデザイン作法が存在しているのだ。今回は、そんな高級ウオッチならではのデザインについて、デザイナーの伊壺和俊が語ります。(2019.05.31)

伊壺和俊と、銀座 和光 時計台の写真伊壺和俊と、銀座 和光 時計台の写真
伊壺和俊 | Kazutoshi Itsubo
1983年、第二精工舎(現セイコーインスツル)入社。2018年、セイコーインスツルが制定するプロフェッショナル人材として「プロダクトスペシャリスト」の認定を受ける。現在、セイコーウオッチのデザイン部へ出向中。国内・海外セイコーのデザインディレクターとしてブランド開発と、高級・ドレスカテゴリーのデザイン開発に携わっている。

「高級品」と「高額品」は似て非なるもの。

高級ウオッチは、比較的若い人よりベテランデザイナーが担当することが多いのですが、私は20代前半の頃に、クレドールという高級ブランドのデザインを担当したことがきっかけで、先輩方から高級品のデザインについて指導と育成を受けるようになりました。現在は高級品だけをデザインしているわけではなく、普及品と高級品を同時並行でデザインしています。価格帯が違うと、当然デザインの「ありかた」も違ってきますね。

普及品をデザインする時は、お客様の需要などのマーケティング要素が強い場合がありますが、高級品をデザインする場合、私は少しスタンスを変えて臨むようにしています。「高級感もあるし、これはいいデザインが出来たな。気に入らない人がいてもそれは仕方ない。」といった「自信と潔い気持ち」を持ってデザインするようにしています。高級品ですから、独創性のあるデザインでないとダメです。だから好き嫌いがはっきりしていてもいいのです。こうした割り切りは、高級品を担うデザイナーには必要なマインドだと思います。また、「高級品」と「高額品」は違うものだと思っています。贅沢にダイヤモンドを使えば高額にはなるけれど、それが果たして高級品のデザインなのか?という視点が大切です。

高級品には「ストーリー」や「細部へのこだわり」、そして「品格」あるデザインであることが必要不可欠です。それらを高い次元で融合させてくれるのが、セイコーが長く培い継承してきた、高級品におけるデザインの「様式」です。そんな高級ウオッチのデザインについて具体的に説明するために、今回は2016年にデザインした、セイコーでも前例のなかった「女性向け高級機械式ウオッチ」を取り上げたいと思います。

限定30本。テーマは「銀座の夕暮れ」。

今回ご紹介するのは30本限定で発売されたクレドールブランドの機械式ウオッチ(品番GTBE998)。商品のテーマは「銀座の夕暮れ」です。セイコー創業の地でもある銀座が黄昏色に染まる様子を、斜俯瞰で眺めた構図をダイヤルデザインに落とし込んでいます。ダイヤル上を交差する白いラインは、銀座の街を華やかに彩る「道」を表現しています。

GTBE998 正面写真
デザインのテーマは「銀座の夕暮れ」。この小さなプロダクトの中に、デザインへの強い思想と無数のこだわりが凝縮されている。
GTBE998 正面写真
デザインのテーマは「銀座の夕暮れ」。この小さなプロダクトの中に、デザインへの強い思想と無数のこだわりが凝縮されている。

「銀座」をテーマにした理由は、いつの時代にも優雅さと気品、高揚感と斬新さにあふれているから。そして、銀座を歩む都会的で上品なセンスを持つ女性たちの華やかな姿が、女性向け高級機械式ウオッチのイメージとして相応しいと考えたからです。

「女性たちがこれから銀座で過ごす素敵な時間の象徴」として「トワイライト(黄昏)」色に染まる銀座の街をダイヤルに表現することにしました。こういった発想が、先ほどお話ししたデザインの背景にある「ストーリー」ですね。

銀座 和光の写真
銀座の街の象徴ともいえる「和光」。銀座は今も昔も夕暮れが似合う大人の街だ。
銀座 和光の写真
銀座の街の象徴ともいえる「和光」。銀座は今も昔も夕暮れが似合う大人の街だ。

そして、その表現手法として日本の伝統工芸のひとつであるエナメルを用いました。1880 年創業の老舗「安藤七宝店」に依頼して、このデザインの為だけに7色の釉薬を作って頂き、それをグラデーションにして、銀座の街の優雅さや華やかさを表現することにしたのです。このエナメルダイヤルだけでも鑑賞に値する、非常に価値のある逸品に仕上がっています。

伝統工芸の技を操る職人さんとの仕事では、イメージしたものと完成品が一致するまでに長い時間を要します。例えばこのダイヤルで言えばエナメルの色味のバランスです。緑色の存在感が強すぎると黄昏ではない、トロピカルな印象になってしまいます。これを改善するには、職人さんと綿密なコミュニケーションを取りながら試作を何回も繰り返し、イメージどおりの完成品へと作り込んでいくしかないですね。

エナメルベースのグラデーション比較写真
エナメルのベースに模様が無いダイヤル(左)と模様があるダイヤル(右)を作成し、グラデーションの出来栄えを検証した。
エナメルベースのグラデーション比較写真
エナメルのベースに模様が無いダイヤル(左)と模様があるダイヤル(右)を作成し、グラデーションの出来栄えを検証した。
サンプルとして作られたエナメルダイヤル3つの写真
サンプルとして作られたエナメルダイヤルのいくつか。どのような濃度のグラデーションを目指すか、完成までに何度もの試行錯誤が続けられた。
サンプルとして作られたエナメルダイヤル3つの写真
サンプルとして作られたエナメルダイヤルのいくつか。どのような濃度のグラデーションを目指すか、完成までに何度もの試行錯誤が続けられた。

エナメルを施す前の、ダイヤルの「生地加工」にも工夫を凝らしました。製造を担当するセイコーインスツルが所有している、特殊な加工機を活用して、通常の型打ちでは実現不可能な繊細な立体感を出しています。その上に独自開発した7色の釉薬を職人技で配置し、800度の窯で焼くことで、この絶妙なグラデーションが生まれるのです。

エナメルを施す前のダイヤル生地の写真
通常の型打ちでは不可能なダイヤル生地の立体加工。このような特殊な加工を行えるのも、高級ウオッチのデザインの醍醐味のひとつだ。
エナメルを施す前のダイヤル生地の写真
通常の型打ちでは不可能なダイヤル生地の立体加工。このような特殊な加工を行えるのも、高級ウオッチのデザインの醍醐味のひとつだ。

ちなみに、6時位置の小秒は「セイコー創業の地」を表現していて、ランダムに配置されたダイヤは「銀座の名店はこちら」というような目印のイメージです。そのダイヤは実は中心から30度刻みの位置に埋め込まれていて、インデックスの役割も果たしています。単にユニークなデザインだけに終わらず、時刻を知るという時計の基本機能を備えています。

りゅうず側 側面から見たGTBE998の写真
側面から見たプロダクト。ダイヤル上のダイヤはもちろん、整然と美しく留められたケース側面のダイヤからも、高級ウオッチとしての気品が感じられる。
りゅうず側 側面から見たGTBE998の写真
側面から見たプロダクト。ダイヤル上のダイヤはもちろん、整然と美しく留められたケース側面のダイヤからも、高級ウオッチとしての気品が感じられる。

素材が金ならば、「金らしく」仕上げたい。

このように説明しないと多くの人は気づかないような部分も含めて、高級ウオッチと呼ばれるものには何かしらの「ストーリー」があり、それが凝縮されたデザインであるべきだと思います。

デザインをする前にまずイメージを作る。この時計だと「銀座の夕暮れ」ということですね。その出発点を確立しておかないと、アイデアスケッチにおいてデザインがブレてしまい、最終的に美しいもの、魅力的なものになっていきません。

そしてその「ストーリー」の次に造形面での「細部へのこだわり」を確立させ、突き詰めていく。それら様々な細部を「品格」あるデザインへと昇華させていくことが、高級品のデザインを生み出すひとつの流儀と言えます。ここはデザイナーの力量とセンスが問われるところですね。

例えば、このモデルの素材は18KYG(イエローゴールドの18金)です。私は「金を使うなら、金らしい造形と仕上がりにしたい」と考えました。これが「様式」に倣おうとする思考のひとつです。

そのために、金の持つ温もり感や高貴なイメージを「緊張感のある硬い平面」と「ふくよかな曲面」で構成し、高級感ある「品格」を纏ったデザインとして作り上げていきました。

ラフスケッチ。「緊張感のある硬い平面」「ぬくもり感のある面」等のコメント
ラフスケッチ。「緊張感のある硬い平面」「ぬくもり感のある面」等のコメント
ラフスケッチと同じ角度の実物の写真
デザイン開発当時のスケッチと実物の写真。「ぬくもり」「緊張感」「品格」などの目的を満たすべく、ケース側面の造形と質感に徹底的にこだわった。
ラフスケッチと同じ角度の実物の写真
デザイン開発当時のスケッチと実物の写真。「ぬくもり」「緊張感」「品格」などの目的を満たすべく、ケース側面の造形と質感に徹底的にこだわった。
正面とかん足部分のラフスケッチ
正面とかん足部分のラフスケッチ
GTBE998 かん足の先端部分の拡大写真
かん足の先端部分のラフスケッチと実物の比較。曲線の取り方によっても、そのデザインの印象は大きく変わる。
GTBE998 かん足の先端部分の拡大写真
かん足の先端部分のラフスケッチと実物の比較。曲線の取り方によっても、そのデザインの印象は大きく変わる。

また、時計の裏側を見てもらうと、かん足の裏面が「円錐アール」ではなく「平行アール」で仕上がっています。これも純粋に美しさという視点や、高級品として様式的に判断すると、やはり「平行アール」であるべきなのです。裏面とはいえこちらの方が格調を感じる造形ですし、見ただけでも腕に優しく馴染んでいくような印象を与えてくれます。

かん足の「平行アール」のラフスケッチ
かん足の「平行アール」のラフスケッチ
GTBE998 裏面の写真
かん足の裏面の腕に接する部分は「円錐アール」ではなく「平行アール」。「腕に馴染むこと」も当然ながら時計のデザインの一部である。
GTBE998 裏面の写真
かん足の裏面の腕に接する部分は「円錐アール」ではなく「平行アール」。「腕に馴染むこと」も当然ながら時計のデザインの一部である。

クレドール「銀座の夕暮れ」はべゼルにセッティングされたダイヤが、優しくも強い輝きを放ち、ダイヤルと相まって銀座の街の優雅さと気品が感じられる、独創性のある「女性向け高級機械式ウオッチ」に仕上がっています。是非お手に取って頂きたいと思います。

デザイナーにとって大切なのは「どこまで考え抜いて、そのデザインにしたのか」を自己完結出来ているか?ということです。それは、先ほどからお話しさせていただいている「ストーリー」でもあり「細部へのこだわり」でもあり、そして「高級品におけるデザインの様式」をしっかり踏襲しているのか、ということでもあります。

高級ウオッチの数だけ、デザイナーが考えた独自のストーリーがあって、細部へのこだわりがあります。その部分を深く知っていただくと、高級ウオッチの世界観や審美眼がさらに広がっていくのではないでしょうか?

伊壺和俊と、銀座 和光 時計台の写真
「そこに独自のストーリーはあるか?」「品格はあるか?」高級ウオッチのデザインを追究する道に終わりはない。
伊壺和俊と、銀座 和光 時計台の写真
「そこに独自のストーリーはあるか?」「品格はあるか?」高級ウオッチのデザインを追究する道に終わりはない。
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