by Seiko watch design

English

【対談】ウオッチデザインの向かう先は?|by Seiko watch design Vol.19

3人が好きな時計から、デザインの話は広がる。

種村:2018年からグランドセイコーが、「ミラノデザインウィーク」で展示を行っているのですが、その2018年の展示に参加していただいたのが、デザインファーム「TAKT PROJECT」の吉泉さん、2019年の展示に協力していただいたのが、コンテンポラリーデザインスタジオ「we+」の安藤さんと林さんです。

(左から)コンテンポラリーデザインスタジオ「we+」の安藤北斗氏・林登志也氏、セイコーウオッチの種村清美、デザインファーム「TAKT PROJECT」の吉泉聡氏。

種村清美|Kiyomi Tanemura 1987年セイコー電子工業(現在のセイコーインスツル)デザイン部入社。CREDORなど高級品を中心とした商品デザインを手掛ける。2002年セイコーウオッチ入社、2009年セイコーブランドのデザインディレクター就任。2015年からセイコーウオッチのデザイン部長兼高級品ディレクターに就任、現在に至る。

種村:お三方とも、グランドセイコーをお持ちだということなので。まずは、そのモデルを選ばれた理由を入り口に、話を進めていきたいと思っています。まず、安藤さんがお持ちの、そのモデルは?

安藤:スプリングドライブを搭載した、このグランドセイコー(SBGA293)です。

種村:どういうところが気に入って選んだんですか?

安藤:まず、ダイヤルの色ですね。「真っ白」とか「真っ黒」とかの振り切った色ではなく、もっと曖昧な中間色が良いなと思って、このベージュっぽいダイヤルを選びました。

種村:なるほど。

安藤北斗|Hokuto Ando コンテンポラリーデザインスタジオ「we+」共同主宰。価値の掘り起こしと再構築に着目し、プロジェクトにおけるコンセプト開発および戦略設計、空間〜立体〜平面のディレクションおよびデザインなど、複合領域的に手がける。2013年we+ inc.設立。国内外のデザイン賞を多数受賞。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科非常勤講師(2017年〜)。iF Design Award審査員。

安藤氏が身につけるグランドセイコー(品番SBGA293)。クラシカルで落ち着いた佇まいの外装で、セイコー独自の機構スプリングドライブが搭載されている。

安藤:あと、革製のバンドも理由の一つです。金属バンドよりも、自分に合っている気がして。ところで今、金属バンドと革バンドでは、どちらのほうが主流なんですか?

種村:日本だと、金属のほうが多数派ですかね。安藤さんがつけているモデルは、グランドセイコーの「クラシックライン」に属しているもので…。

安藤:クラシックライン、ですか。言われてみると確かに、シックな印象がありますね。

種村:「ボックスガラス」という、平面ではなく、立体的に盛り上がったガラスを使っているんですが。そのガラスの形状によって、ヴィンテージ感が強く醸し出されています。

安藤:まさしく、このガラスの形状が良いなと思って、選びました。デザイン的には、どういう意図があるんですか?

種村:ボックス型のガラスにすると、ケースの胴を薄く見せることができるんです。そして、そのボックス状の空間に針を収めることで、ダイヤルが間近にあるように感じる。こちら側に、ぐっと迫ってくるような印象になるんです。

安藤:なるほど。そういう理論を理解した上で、このモデルを選んだわけではないけれど。おそらく、デザイナーさんが意図した「ダイヤルが間近に迫ってくる感じ」を魅力的だと感じて、このウオッチを手に取ったということなんでしょうね。

種村:そうだと嬉しいですね。このクラシックラインは最近、むしろ若い人たちや、女性にも人気のあるカテゴリーになっています。

5面ダイヤカットが施された時分針と、シンプルでモダンなパワーリザーブ表示が特徴的。
バンドの材質はクロコダイルで、上品なデザインに仕上げている。

横から見ると、サファイアガラスの内側もカーブさせた「ボックス型」であることがよくわかる。繊細なザラツ研磨を施した美しいラグも特徴だ。

種村:林さんがつけているグランドセイコーと、その惹かれた部分は、どんなところですか?

:僕が選んだのは、このグランドセイコー(SBGA281)です。ブラックだけど、グレーのようでもあり、時にはブラウンっぽくも見える。

種村:はい。ちょっと、不思議な色合いのダイヤルなんですよね。

:白ダイヤルはフォーマル、黒ダイヤルはカジュアル、というイメージが僕にはあって。でも、このダイヤルは真っ黒ではないから、「フォーマルとカジュアルの中間」という感じ。スポーティさもあって、どんな場面でも使えそうだと思いました。

林登志也|Toshiya Hayashi コンテンポラリーデザインスタジオ「we+」共同主宰。学生時代より舞台演出に携わり、広告会社等を経て2013年we+ inc.を設立。自主制作作品やインスタレーションといったアート的アプローチから、ブランディングやコミュニケーション戦略まで、幅広い領域に精通し各種プロジェクトを手がける。国内外の広告賞、デザイン賞等受賞多数。法政大学デザイン工学部兼任講師(2019年〜)。

林氏が身につけているグランドセイコー(品番SBGA281)は、高品質感と同時に躍動感も持ち合わせたデザイン。スーツ以外の服装とも合わせやすい。

種村:まさに、その「ダイヤルの絶妙な色合い」が、ウオッチデザインの醍醐味のひとつだと言えると思います。黒ならば黒、白ならば白で、その間には数百種類もの「色の幅」が存在しているんです。

:そんなにあるんですね。

種村:この時計のダイヤルは、塗装ではなくメッキの黒色なんです。メッキは塗装よりも透けやすいから、その下地の金属の輝きや、そこに刻まれた模様もうっすら見える。要するに、複雑で奥行きのある黒色になるんです。

:だから、色に「ゆらぎ」を感じるんですね。

種村:あと、先ほど「スポーティさもある」と、言っていただきましたが。

:はい、そんな印象を受けました。

種村:このモデルは、まさにその「スポーティさ」を強く打ち出したモデルです。デザインのポイントは、りゅうずを覆っている「りゅうずガード」。頑丈さが求められるダイバーズウオッチと違って、グランドセイコーには本来は必要ない「りゅうずガード」を、あえて強調しているんです。

:そうなんですか?

種村:はい。結果として、適度にカジュアルダウンされた、スーツ以外にも似合う時計に仕上がっています。今ではデザインの一方向として定着していますが、当時(約15年前)のグランドセイコーにとっては、非常に「思い切ったデザイン」でした。

りゅうずを挟んで配置された「りゅうずカード」の存在が、このウオッチにスポーティな印象を与えている。
ダークグレーのダイヤルで、視認性も非常に高い。

アクティブな印象を持つモデルではあるが、グランドセイコーがこれまで受け継いできた根底となるデザインの考え方は、いたるところに息づいている。

「最も売れているグランドセイコー」の秘密。

種村:吉泉さんは、なぜ、そのグランドセイコーを選ばれたんですか?

吉泉:えっと、まず最初に「一番グランドセイコーっぽいものが欲しい」という思いがあって。

種村:なるほど。ド直球ですね。(笑)

吉泉聡|Satoshi Yoshiizumi デザインファーム「TAKT PROJECT」代表。既存の枠組みを揺さぶる実験的な自主研究プロジェクトを行い、ミラノデザインウィーク、デザインマイアミ、パリ装飾美術館、21_21 DESIGN SIGHTなど、国内外の美術館やデザイン展覧会で発表・招聘展示。その成果をベースにクライアントと多様なプロジェクトを展開している。グッドデザイン賞審査委員(2018年〜)。Dezeen Award 2019 Emerging designer of the year選出、DesignMiam/ Swarovski Designers of the Future Award 2017選出など、国内外のデザイン賞を多数受賞。作品は、香港M+に収蔵されている。

吉泉氏が持っているグランドセイコー(SBGA211)も、スプリングドライブを搭載したもの。ブライトチタンを採用したことにより、軽量で心地よい装着感を実現している。

吉泉:昔からグランドセイコーに対するイメージとして、「清らかさ」というものがあって。そういうデザインのものを欲しいと思いました。でも、「クリーンでノイズがない」だけじゃなく、そこに何かが欲しかった。そして選んだのが、このグランドセイコー(SBGA211)です。

種村:実を言うと、そのモデルが、世界で最も売れているグランドセイコーなんです。

吉泉:そうなんですか。それは知りませんでした。

種村:ユーザーから、「雪白」とも呼ばれているもので、これは、雪国出身のデザイナーが、幼少期に見た美しい雪景色を思い出しながらデザインしたものなんです。

吉泉:そう、このテクスチャが良いんですよね。ところで、こういう繊細な表現って、どこまで数値化・図面化して、製品の均一さをコントロールできるものなんですか?

種村:かなり厳密に図面化・コントロールされています。まず金属に指定通りの型打ちを行います。そのあと面を整え、その上に特殊なメッキをして、さらにラップ加工をして…。

吉泉:なるほど。

種村:で、平らにした後で再び、光が乱反射するように表面を加工する。そうすることで、真っ白に見えつつ金属の光沢も入り混じった、奥行きのあるダイヤルになるんです。

ユーザーたちから「雪白」とも呼ばれる、独特なテクスチャを持つ白いダイヤルが特徴。
グランドセイコーの中で、世界で最も売れているモデルだ。

近づいて眺めると、まさに降り積もった雪のような質感をもつダイヤルに驚かされる。複雑な工程を積み重ねることで、唯一無二のデザインが生まれていく。

安藤:ところで、時計のデザインをする時って、「このダイヤルにしよう!」と選ぶことができる「サンプル一覧」みたいなのがあるんですか?

種村:「型打ちのサンプル」はあるし、「塗装のサンプル」や「メッキのサンプル」もあります。でも、その「型打ち」と「塗装」の掛け合わせの全パターンを作ると凄い数になるので、それは存在しません。何と何を組み合わせたらどうなるのかは、デザイナーが頭の中でシミュレーションするしかない。

安藤:それは大変ですね。

種村:「焼き物」に似た部分がありますね。試作品が仕上がってみるまで、どうなるか完全には予想できない。経験を積めば、仕上がりを想像する能力は上がっていくけど、もちろん時には予想外のこともあります。

we+の安藤氏と林氏。種村からの質問がふたりに投げかけられると同様に、we+のふたりからも時計に関する、さまざまな質問が投げかけられた。

ちょっと条件や工程が違うだけで、まったく違うものに仕上がってしまうこともある。そう、ダイヤルの製造には一種、「焼き物」のような要素もあるのだ。

ウオッチデザインの本質は、どこにあるのか?

種村:さっき設計図の話をしましたが、ウオッチのデザインをする時、図面に書かれている数字の単位は「100分の1ミリ」なんです。

安藤:100分の1ミリですか。まあ、ウオッチだと、そういう精密さが必要になりますよね。

種村:でも、その極限まで突き詰めた精密さの一方で、グランドセイコーには「工業製品っぽさ」がありすぎないほうが良いとも思っています。その日の天気とか、その日の気分とかで、見え方が違ってくるみたいな。

吉泉:確かに、ダイヤルの見え方に「ゆらぎがあること」が、良さでもありますね。

安藤:実は最初、このグランドセイコーをつけた時、「自分のものじゃないみたい」という感覚を抱いたんです。でも、しばらくすると思わなくなった。肌に馴染んできたというか。

吉泉:自分も最初、似たようなことを思いました。果たしてこれは自分に似合っているのだろうか?と思ったりもして。

種村:お三方とも、自分の好みで選んだだけあって、とても似合っていると思いますよ。

ダイヤルの見え方に「ゆらぎがあること」が魅力的だと語る吉泉氏と、それに同調する種村。ジャンルは違えど、同じデザイナーとして共通する感覚や美意識も多い。

吉泉氏は「その日の天気などでダイヤルの見え方が変わること」も、大きな魅力だと語る。今回の対談で、ウオッチデザインへの興味もさらに深まったという。

吉泉:同じグランドセイコーでも、それぞれのモデルにキャラクターというか、人格がありますよね。

種村:おっしゃる通りで、高級時計はステータスを示す道具でもあるけど、それとは別に「独自のデザインの思想」がある。どんなウオッチを身につけるかが、そのユーザーの思想や個性を表しているとも言えます。

安藤:グランドセイコーをつけている人は、遠くから見ても分かるんですよね。ウオッチのケースから放たれている強い光で。あれは凄いですよね。

種村:ケースを美しく光らせる技術も、私たちセイコーが自信を持っている部分ですね。製造部門の「ケースの表面をザラツ研磨で美しく仕上げる技術」を活かしつつ、デザイナーたちが「美しい光の反射」を意識してデザインを進めていく。

:僕たちwe+も、吉泉さんのTAKT PROJECTも、何かしらの自然現象を作品の中に取り込むことが多かったりするけど。それは、自分たちが生み出すプロダクトの造形や色よりも、自然界にあるもののほうが、無駄がなくて美しいという理由があるんですよね。

種村:それに関連する話ですが、ウオッチデザインに携わって思うのは、「作りづらいものは、結局、良いデザインにならない」ということです。「どうやったら、もっと美しく光らせられるか?」と必死に複雑な形を考えても、うまくいかないことが多い。シンプルなものほど、強い輝きが生まれたりする。

:明確な機能を持ちつつ、ジュエリー的な側面があるのが、高級ウオッチの特徴ですよね。その中で、どういう視点でジュエリー化していくのか、各社のアプローチがあるのだと思います。でも、グランドセイコーの場合、「貴金属や宝石を使って高級にしよう!」というスタンスとは違うものが多いですよね。

「we+」や「TAKT PROJECT」が作品づくりを行う上でのデザインと、ウオッチデザインとの共通点や相違点について語り合う4人。

これからのグランドセイコーは、どんな輝きを見せていくのか。どれだけ新しいデザインを人々に提案できるのか。デザイナーたちの試行錯誤はつづく。

種村:実用性を大切にしたブランドなので。「時計はどうしたら、もっとウオッチらしくなるのか?」という本質的な部分を追求していますね。視認性だったり、つけやすさだったり。

吉泉:グランドセイコーには、ある一定のデザインコードがありますよね。でも、その中で、いろんなモデルが存在している。

種村:デザインの幅を広げつつも、当然、ブランドとして守るべきものがあるので、そこから外れるものが世に出ることはありません。逆に言うと、世に出ているモデルたちは、ちゃんと「グランドセイコーらしさ」を守っているということですね。

吉泉:マニュファクチュール(ムーブメントから自社一貫製造を行うウオッチメーカー)だからこそ、デザインで多少は挑戦的なことをしても、きちんと着地できるのでは?とも思っています。

種村:そうかもしれませんね。際どくてもギリギリのところで、グランドセイコーの枠の中に踏みとどまっている。だから、グランセイコーはもっとデザインで挑戦をしてもいいのかも?

吉泉:前々から、ウオッチデザインは、現代のあらゆるプロダクトデザインへの大きな示唆にあふれている気がするんです。すべてのプロダクトは今、「インフラ化」と「ラグジュアリー化」に大きく二極化されつつあると思うんですが。ウオッチは、生まれながらにして、その両極を行き交っている気がしますね。

種村:そうですね。機能を追求することは、もちろん大切だけど。時間を正確に測るだけではない、「人びとに輝きを与えるプロダクト」でなければ、意味がないとも思っています。そういう志でデザインを追求しないと、今のご時世、「時計なんかなくても困らないよね」という話になりかねませんから。

身につけた人に、何かの感動を与えていくこと。それが、私たちウオッチデザイナーの、困難でありながらも幸福な仕事だと考えています。みなさん、本日は本当にありがとうございました。