by Seiko watch design

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Archive Collection 6

1997年に鮮烈な
デビューを飾った「エアプロ」。

画期的な機能とデザインを持つそのスポーツウオッチが、デザイナー坂井重雄の手により世に送り出されたのは1997年。ケース部分に空気を送り組む「エア・ポンプ」と、空気の流れを調整する「バルブ」を搭載。バンド部分には「エア・チャンバー」を搭載することで、取り込んだ空気をクッションとしながら、腕とウオッチ本体をしっかりと固定して外部からの衝撃を軽減する。そんな新発想による、機能とデザインが密接に結びついたプロダクトだった。

時計本体の下にある「エア・ポンプ」。この部分を指で押すことでエア・チャンバーに空気が送り込まれ、時計が手首にしっかり固定される。

機械としての操作性はもちろん、チャンバー部分は「汗をかいた肌」との接触を想定し、素材メーカーとの研究を重ねて最適な素材を選びぬいた。

「新しい若者文化」と
「人体の構造」を見つめて。

開発のスタートは1995年。その背景の一つとしてあったのが、スケートボード・スノーボード・サーフィン・マウンテンバイクなどが、「アクションスポーツ」という新たな概念の若者カルチャーに移り変わる状況だった。そんな時代性の把握に加え、「人体の構造」や「人間の動作」などを科学的に分析。人間の腕(手首)を「生き物/生態」として捉え、それをサポートするというコンセプトで、商品開発は進められていった。

手を開いたときと閉じたときの、手首の断面図の違い。このような人体構造への研究を積み重ねつつ、デザインの試行錯誤が行われた。

バンド部分は、アクションスポーツのウェアなど、衣服の上から身につけられる大きさに。それをチャンバーを膨らまして固定する仕組みだった。

「エア・チャンバー」が最大まで膨らんだ状態を横から見たもの。弾力を持ちながら腕をしっかりと包み込み、衝撃を吸収してくれる。

「柔構造」の可能性と、
デザインの可能性と。

社内的な気運でいえば、当時セイコー内に、マーケットインではない「デザイン視点」で製品を考える取り組みがあり、この商品の開発もその一環だった。その過程でデザイナーは、従来の「剛構造」とは一線を画した、「柔構造」によって構築されたプロダクトの可能性を追求。そこにデザイナーの感性が合わさることで1997年11月、唯一無二ともいえるスポーツウオッチ「エアプロ」が世に送り出されたのだ。

パンフレットやロゴマークなど、プロダクト以外の部分にも社内デザイナーが積極的に関与。ロゴマークは「文字を刻む・書く」という概念から離れ、次世代的な「モニター上での存在感」を意識して制作された。

「エアプロ」開発中に考案されたデザイン画のひとつ。時刻はアナログ表示で、黒を基調としており男性的な印象となっている。

こちらも、開発中に描かれたデザイン画のひとつ。実際に発売された「エアプロ」より細身で、よりスタイリッシュな印象となっている。

カラーバリエーションと機能。
その次世代への進化。

「エアプロ」といえば、このページの冒頭にある鮮やかなイエローとブラックのカラーリングのものが広く知られている。だが、その他にも実はさまざまなバリエーションの「エアプロ」が存在している。ファッション性を意識した豊富なカラーバリエーション展開はもちろん、時代の変化やユーザーの要望、さらなる耐久性の向上などを目指し、その形状も時代とともに進化を遂げていった。

初代エアプロ(1997年11月〜)

長野五輪(1997年11月〜)

エアプロ第二期(1998年6月〜)

ミッドエア(1998年11月〜)

ロボエア(1998年11月〜)

海外向けモデル(1999年4月〜)

カムエア(1999年6月〜)

ミッドエア第二期(1999年11月〜)